2006年05月08日 (月)

アミノバリュー BCAA

大塚製薬の「アミノバリュー BCAA」という清涼飲料水のCMで、谷中界隈の映像が使われてることを発見! まだ気づいてから2回しか見てないので、はっきり確認できてないけど、夕焼けだんだん、みかどパン脇のヒマラヤ杉三角コーナー、不忍池が映っていることは確実。あと、最初の方で何が映ってたのかがわからない。何しろ、夕焼けだんだんが出てくるまではそのCMだってなかなか気づけないもんで(汗)

早くサイトのCM情報ページ更新してくれへんかな〜。
(Flash バカ使いしてて、めっちゃイライラさせられるページやけど)

単に気づかなかっただけかもしれないけど、CM情報ページ更新されてました。
「ウォーキング」30秒篇と15秒篇があって私の見てたのは15秒篇のようです。
30秒篇には最初に挙げた以外にも色々出てくるので是非チェックしてみてください。
ふだん健康飲料って飲まないけど、1回は買ってみようかな〜。

by m-louis : 22:06 | comments (5) | trackbacks (4)

2006年03月07日 (火)

山門不幸

060307_1335_sanmon.jpg

今回の谷中滞在では家族単位で谷中をふらつく時間が多かったのだが、その間に何度か目にしたのがお寺の出入り口に立てられた「山門不幸」という立て札だった。当然疑問に思って谷中在住1年半の両親に聞いてみるも、どちらも知らないわからない。

というわけで、帰阪してからググってみたわけだが、都合良く谷中に住んで何年というおぐにあやこさんの「おぐにあやこの行った見た書いた」というブログにそれに纏わることが書かれていたので一部引用させていただくことにした(といってもおぐにさんも検索による情報とのことではあるが)。

なんと。
そのお寺のご住職が逝去された時に立てる札なんだと。
いわゆる「喪中」というわけ。

by m-louis : 13:35 | comments (4) | trackbacks (1)

2006年03月06日 (月)

虫の詩人の館*ファーブル昆虫館

横浜への出張ついでに谷中に一泊することを実家に伝えたら、それから程なくして母のところから『うえの』という小冊子(上野のれん会発行)の2006年3月号が届いた。
冊子にはフランス文学者・奥本大三郎氏の書かれた「ファーブル昆虫館」のページに付箋が貼られ、彼が千駄木の元実家のあったところに新しく昆虫館を建て、3月6日(月) にオープンさせるという記事が掲載されていた。

by m-louis : 14:32 | comments (7) | trackbacks (0)

2006年02月27日 (月)

桃林堂の小鯛焼

TAIYAKI mini

flickr の ya maさんがアップされた桃林堂の鯛焼き写真に触発されてのエントリー。
ya maさんの行かれた桃林堂は表参道の青山店のようだが、同店は芸大横にも上野店を構え、私は2002年12月、まだ前任建築家との基本計画中に一度行っている。
2002年の12月といえばその前月に建築家の方から提出された焼き直しプラン(放射案と呼んでいた)に家族全員が首を傾げてしまい、どうにも立ち行かなくなってしまっていた頃である。そこで、その放射案をそのまま通してしまってよいのか、リアルに検証できないか?とこの計画の野次馬イラストレーター CT氏を引き連れ、三鷹から現地に赴いていたのである。やっぱり現場以上にモノを考えられる場所はない。ただ、その時はあまりに寒かったもんで、帰りしなに溜まらずこの店に入ったように記憶している。

by m-louis : 00:44 | comments (5) | trackbacks (0)

2006年02月19日 (日)

電線の景観*補遺

Y*aizome st.+akaji slope

前エントリー「電線の景観*N的画譚」では画家の視点・撮影者の視点を借りて谷中の電線を好意的に捉えてみようとした。家づくりに集中していた頃には工事・引越・建築撮影と何かと障害物となっていた電線なだけに、その試みには些かこじつけ的な感もなかったとは言えない。ただ、それでも電線を「景観」の一つとしてポジティヴに見られたのは、やはりそこが「谷中」という場所だったという点が大きい。

谷中は敢えて乱暴に言ってしまえば「観光地」なのである。
観光地とは余所者から見られることを宿命づけられた場所、即ち「景観」としての特性に自覚的足らざるを得ないところである。ただし、そうした観光地でも行政主導で観光化を目的とした地域もあれば、自然発生的に人々が集まるようになった場所もある(最初は自然発生でそれに行政が飛びつくケースも当然ある)。その点で言うと谷中は後者でさらには行政はそれを放っておいているような印象が強い(その証拠に曙ハウスの解体でも特に区で何か考えようとする動きは特に見られなかった)。

by m-louis : 19:28 | comments (0) | trackbacks (0)

2006年02月13日 (月)

電線の景観*N的画譚

Y*nmm

谷中や根津の風物詩の一つに縦横無尽に入り組んだ「電線」がある。
谷中の半住人どころか年間で10日も谷中に滞在してない私は、つい最近までそのことに割と無頓着だった。というか、それ以前に家の建築写真を撮ることにおいて邪魔くさいとすら思っていたところもあり、ポジティヴ・シンカー garaikaさんの「電信柱って」のエントリー・コメントでも結構散々なことを書いてしまっている。

ところが、先月「無邪気な Kai-Wai フリッカーズ」で一緒に散策した nodocaさんが flickr にアップされた「雪融け谷中」の写真についたコメントを読むと、電線のことが住民・家主の視点からでないせいか、決して悪印象では捉えられていないのである。
悪い景観100景「街並みを汚くしている電線・電柱」では電線ケーブルが「視界をますます低く圧迫している」と悲観しているが、nodocaさんは「とにかく電線は多くて低い位置にある気がする」と言うだけで、決してそれが良いとか悪いとかは言わない。そのことにアレ?っと思っていたところに更なる決定打が現れた。

2006年02月08日 (水)

栃乃花関 年男奉仕

Y*tochinohana

Kai-Wai 散策「根津渋の欠片」のエントリーに「栃乃花関 年男奉仕」と筆で書かれた短冊の写真がアップされた。この写真、先日の「無邪気な Kai-Wai フリッカーズ」で私も撮っていたのだが、masaさんはそのときに撮られたのではなく、その後の曙ハウスの解体現場パトロールの折に撮られたもののようだ。

by m-louis : 17:36 | comments (6) | trackbacks (1)

2006年01月30日 (月)

スウハ曙...

Y*suohAkebone

確か本日1月30日からだったと思う。
「スウハ曙」こと、旧根津片町の曙ハウスの解体工事が始まるのは。。

幸運にもとは決して言えないけど、約1週間前の「無邪気な Kai-Wai フリッカー」のときに幾らか雪の被った曙ハウスとお別れしてくることができた。ただ、悔やむべきは「無邪気な〜」と書いているように初デジ一眼散策オフに少々浮かれすぎていて、しっかりと建物の最後の姿を目に焼き付けて来なかったこと。

2006年01月22日 (日)

母の雪だるま

Y*ukidaruma3Y*entrance無邪気な Kai-Wai フリッカーズが予定通り18時に谷中M類栖に戻ってくると出迎えてくれたのがこの雪だるまだった。
まさか近所のガキんちょが作ってわざわざうちの玄関先に置いて行ったなんてこともあるまい。

後から聞けば、母が2Fバルコニーに溜まった雪のやり場に困って(そういえばさすがに雪のことまでは計算に入れてなかった)、バルコニーで雪をまるめて下まで持って降りて、雪だるまにしたのだという。

by m-louis : 18:26 | comments (0) | trackbacks (0)

無邪気な Kai-Wai フリッカーズ

GPS11:00 谷中M類栖集合+しばらくM類栖宅内ご案内
12:00 谷中のどこかでランチ
13:00 谷根千散策&撮影タイム
17:00 谷中ボッサで一服&雑談
18:00 解散(以降、自由)

こんなスケジュールで計画された谷中散策ミニオフ会。
実際は Kai-Wai 散策の masaさんが持参された GPS によって測定された移動平均時速2.8km/h(すなわち分速47m=1秒で1m歩いてない)というおそるべき牛歩の歩みでランチタイムが14時ギリギリ前と遅れつつ、また最後の落ち着きどころに想定していた谷中ボッサが満席でやむなくデニーズとなりつつ、しかし、前夜のあれだけの雪から考えれば幸運としか言いようがない撮影日和に恵まれ、待ち侘びた1日が実現した。

by m-louis : 11:00 | comments (0) | trackbacks (0)
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