2008年02月04日 (月)

地鎮祭の風景

地鎮祭
2003.12.02 11:30, 東京都台東区谷中(谷中M類栖敷地), MINOLTA DiMAGE G400

2月2日、所用により近鉄電車を利用して名古屋まで行った。その道中、二度ほど地鎮祭の風景が目に入ってきたのだが、それを見て改めて地鎮祭っていいもんだなと思った。
理由は別に土地の神(霊)を鎮める神道思想に則りというほど、自分は信心深い人間ではない。ただ単にその空間がまだ「風景」であることを担保しながらも「建築」となることを天に向かって示しているような、それでいて慎ましくも空虚な感じであること。
昨日たまたま読んでいた福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』で出てきた言葉を借りるなら「界面」と言っていいのかもしれない。それは空間上ではなく、時間軸上の話ではあるが、しかし、新幹線ほど速すぎない近鉄特急の車窓からはっきりと目で捕らえることのできた地鎮祭の風景は、地平上の「界面」であるとも言いたくなるものであった。

2007年01月14日 (日)

ミカンと潮風

総領の義父は数年前から畑の焚き火場脇に種から育てたミカンとポンカンを植え、ワシが生きとる間に育つかの〜と言いながら、その発育具合を楽しんでいる。ただ、義父が言うには冬の寒さの厳しい総領では実を実らすのが難しいばかりか(実際、冬場は防寒用に上の写真のような袋を被せている)、仮に実がなったとしても、甘ない(あもーない)ミカンにしかならんだろうという。

by m-louis : 14:20 | comments (0) | trackbacks (0)

2007年01月01日 (月)

わがやのお雑煮大会

Jan 1, 2007 at 13:53 JST

わきた・けんいちさんの呼び掛けなどもあり、「My Place」の玉井さんが提唱される「わがやのお雑煮大会」にアースダイブ未参加ながらも参加してみることにした。

うちは妻が広島出身、私は東京の出身で、なぜか大阪に住んでいる。で、特にどちらの親とも同居はしていないので、基本的に作るのは妻ではあるものの、何となく住んでる場所同様、お互いの中間地点にあるようなお雑煮になっている。毎年恒例2日から妻の実家に帰省することになっていて、そこではもっと具だくさんで濃厚な雑煮が出る。他方、私の東京の実家は蕎麦つゆの濃さで有名な東京だけれども、至って薄口好み。

2006年12月24日 (日)

2f/居間/床の間

前エントリーでは mitsubakoさんのブログから「日本人の居住空間から床の間が消えていったのも、おもしろさが失せたからだろう」というアランさんの言葉を引用した。このエントリーではもう少しその床の間について、うちを実例にして考えてみたい。

まずうちの場合、前任建築家との計画初期段階から、すでに床の間は図面上に書き記されている。これにはおそらく三鷹金猊居から持ち込んだ行器(ほかい)等の古道具を置くスペースとして床の間を活用するのが妥当だという判断が、三鷹金猊居時代の住まい方に倣って我々(施主側)のうちにあったものと思われる。そして床の間の導入はその後、特に大きな疑問を持たれることもなくそのまま採用されることになった。

by m-louis : 23:31 | comments (2) | trackbacks (0)

2006年12月12日 (火)

柿の味

akaji*K

のんびりペースとはいえ、あんまり律儀に芸工展巡りでの企画紹介ばかりしていると、さすがに書く方も飽きてくる。ということで、今回は芸工展巡りの最中に見つけた柿の写真でもアップしよう。この柿は大名時計博物館前の通りからあかぢ坂を下りて程なくのところにあるアパートの塀の上に、無造作にというよりはどちらかというと造作的な感じで置かれていた。※註・追記≫下の写真をご覧になるとわかるだろうが、一部囓られた痕があり、ひょっとすると住人が鳥の餌にでもと置いておいたのかもしれない。

by m-louis : 15:49 | comments (0) | trackbacks (0)

2006年11月06日 (月)

nagomiya わぁい: 手仕事展

nagomiya

アジア雑貨を主に扱う「nagomiya わぁい」は藍染大通りへと繋がるあかじ坂を下って澤の屋旅館の手前十字路を右に曲がってしばらく歩いたところにある。「生活の中に 和<なごみ>の雑貨を提供」ということから店の名前が付いたようだ。

芸工展には『手仕事展』というタイトルで「手作り」であることをコンセプトに集められた雑貨が主に置かれていた。特に目を引いたのは、オーナーさん自らが作られた文庫用ブックカバーで、ご本人が本を読まれる際に不満に感じられていること(例えばヒモしおりが中途半端なところで折れてたり、読むのに邪魔になったりするなど)を解決すべく工夫が凝らされていて、ちょっと食指が動かされたが、何分ふだんの生活で文庫本を読む機会が激減してしまっているので、買うのは控えてしまった。

by m-louis : 12:24 | comments (4) | trackbacks (1)

2006年10月14日 (土)

谷中坂町々会の回覧板

芸工展の準備をしていたら夕方過ぎに玄関からパサッという音が‥‥。
夕刊や郵便にはちょっと遅いだろうと思って見に行ったら、郵便受けに届いていたのは台東区谷中坂町々会の回覧板だった。今住む大阪のマンションはもとより、三鷹でも見たことなかったのに、さすがは下町・谷中と言うべきか?

しかし、中を見ると専ら広告が主でお知らせ事項はほんのわずかだった。
でも、可能であるなら、これにうちのDMを副えたい気分である(^^;)

by m-louis : 18:29 | comments (0) | trackbacks (0)

2006年10月04日 (水)

丸井金猊プロフィール

portlait of my grandfather1909年愛知県に生まれる。本名 丸井金蔵。1933年東京美術学校(現東京芸術大学)日本画科卒業。'35年同校研究科終了。市立川村女学院美術科、埼玉県立浦和第一高等女学校教諭を経て、'47年東京美術学校工藝科講師。'48年より以後20年以上に渡って神奈川県立工業高校工芸図案科(のち産業デザイン科)教諭を務める。

和洋エジプト入り乱れた独特の画風で、学生時代より旺盛な創作活動を見せるが、30歳に差し掛かる頃、時代は戦争へと暗転。以後ほとんど自作品の創作に向かうことなく、晩年を迎える。神奈川工業高校退職後、「死ぬ前に一度個展を」と再び絵筆を握り始めるが、1979年心筋梗塞のため武蔵野市日赤病院にて急逝(享年69歳)。

1930年国際美術協会主催第一回美術展覧会入賞主席。主な仕事として'35年愛国生命保険(のち日本生命保険)壁画製作、'37年には阪急電鉄の創業者である小林一三氏の委嘱により東宝劇場階段ホール壁画製作(火災により焼失)などを行っている。

by m-louis : 06:34 | comments (4) | trackbacks (0)

2006年09月23日 (土)

施主卒業生のカタログの行方

先月、前から調子の悪かったプリンタがとうとう御陀仏になってしまった。一応、自前修復できないかと中を開けてみたのだが、夏の暑さのせいだろう、インクを左右に移動させるベルトのようなものが伸びきってしまっていて、それを交換する必要があるようだ。となるとその部品から探さねばならず、やむなく処分することにしてしまった。

ただ、その処分のおかげ?というべきか、本棚の上に置いていたプリンタ一箱分、空きスペースが出来た。そこで地震対策も考え、天井までぴったりと嵌る本棚を作り、日常手に取ることの少ない書類やカタログ類を置くことにした。しかし、だいぶ前から容量オーバーとなっていた本棚だけに、オーバー分であっさり埋まってしまったのである。

by m-louis : 23:13 | comments (5) | trackbacks (0)

2006年09月17日 (日)

クリエイターズ−神工時代の教え子

teachers '神工'

家作りその他つれづれなく「クリエイターズ/世田谷美術館にて」で『クリエイターズ - 長大作/細谷巖/矢吹申彦』という企画展が世田谷美術館で行われているということを知った。期間は9月24日(日) までで残念ながら私は行けそうにないが、実家にはこの情報を伝え、時間をつくることができるならば観に行くようにと話しておいた。

by m-louis : 14:12 | comments (2) | trackbacks (1)
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