2005年05月20日 (金)

母のグランドピアノ

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三鷹金猊居時代、私の母はピアノ教室を自宅で開いていた。
一応、谷中の家でもいつそうした教室をやってもいいようにということで、1Fはギャラリーとしての機能と同時に防音にも気を遣った設計にしてはあるのだが、まあ、現在の生活状況を見ている限りではそんな日はやって来ないかもしれないな〜という予想の方が強く働いてしまう(汗)

と、それはともかく今回、フォトグラファーの清真美さんが「新釈肖像写真」で母のグランドピアノを背景に写真を撮ることになったおかげで、私も滅多に見たことのなかったピアノのフタを開けた状態を目にする機会を得ることができた。どうもカバーの掛けられたものってなかなかその真の姿をお目に掛かれないもののような気がしてしまうのは、おそらく私の実家の何でもカバーしておきたがる体質に負うところが大きいように思う。その反動か私自身は本でも何でも自分の範疇にあるものは剥き出しで使いたがる傾向が強いのだ。何だかもうカバーが掛かってるだけで、それは使っちゃいけないもののような強迫観念を植え付けられているのである。だからちゃんとモノを使うためにもカバーはなるべく掛けないようにしている。

なお、写真をご覧になられれば一目瞭然なように母のグランドピアノはワインレッドなのである。これまたカバーが掛かるとふだんは黒ということになってしまうのでもあるが、何はともあれハッとさせられる色であることには違いない。母は学生時代にアルバイトでお金を貯めて買ったと言っていたが、親の資金援助があったかどうかまではわからない(たぶんその真実は話してくれないだろう)。ただ、このワインレッドのヤマハ製ピアノが期間限定商品だったということだけは確かなようである。

といっても購入してすでに40年近い月日が経ってしまっているため、音が古いのかレッスンでは専らもう一台の凡庸な黒のアップライトピアノが使われていた。とまあ、結局のところ、このカバーの掛かったワインレッドのグランドピアノも値打ちモノの茶器同様、写真モデルとしてしか出番のない骨董と化しているのである。

by m-louis : 2005.05.20 12:30
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