2006年03月27日 (月)

橋本遊郭の記憶

旧橋本遊郭

N的画譚の neonさん、ちはろぐのちはるさんと京阪沿線・京都のはずれは八幡市にある橋本を散策した。橋本は元々は遊郭として栄えた小さな宿場町で、私はその所在はおろか地名すらも知らなかったのだが、20年前に橋本を訪れたことが今の作品スタイルの確立へと繋がったという neonさんとの交流をきっかけに知る機会を得たのである。

京都断章*1」「京都断章*2」「京都断章*3」と neonさんが橋本との接点について断続的に書かれているので、まずはそちらを参照されたい。特に「京都断章*2」で紹介される作品は、そのエントリーでもコメントさせていただいたようにそのモチーフである「建物の中に neonさんの絵がある」と感じさせられた必見の大作である。
(橋本から帰られた neonさんは「橋本幻景」というエントリーを新たにされている)

ただ、残念ながらというべきか、そのモチーフとなった建物は6年前に neonさんが橋本を再訪された時点ですでになく、neonさんの言葉を借りれば「保存とか修復とかいう言葉は、この町には無縁のもののよう」に郊外型の戸建分譲住宅が遊郭だったスペースを何もなかったかの如く覆いつつある状況だった。

ところでふと考えてみると私はこれまで「遊郭」と呼ばれる地をまともに歩いたことがなかったかもしれない。京都に住んでいたときには上七軒など近所にあったが、あれは芸事を中心に据えた「花街」であって、肉体を目的とした遊郭とは趣を異にしている。
だから橋本を歩いていて、異国とまでは言わないものの、どことなくこれまで歩いたことのないような場所を歩いている感を強くした。たとえそこが旧遊郭跡地であって半滅状態にあろうとも、遊郭だったという歴史が持つ特異な空気感はそう簡単に消えるものではないのかもしれない(中沢新一著『アースダイバー』だったら「そこに流れた精子の霊が・・」みたいな書き方になりそうではあるが>笑)。

やをりきさて、ふつうに歩けば10分掛からず回れるだろう区画を我々は1時間半掛けて回ったところで、駅を降りてすぐのところにある「やをりき」という洋食屋に入った。入り口のところに階段があることからそこも遊郭の一つだったのでは?と neonさんは思われていたが、お店のおばちゃんに話を聞くとそうではないことが判明。

1924(大正14)年、そのおばちゃんの生まれた年に建てられたその建物は1Fが食堂で2Fはカフエーとして営業していたのだという。当時は入り口が今とは違う階段正面の位置にあってそこに美しい図柄のタイルが張られていた(何の図柄だったか忘れた)という。そして、それに続く階段、2Fのカフエーまでもタイルで敷き詰めていたそうだが、2Fを住居として使うようになってタイルは1Fの現スペースのみとなってしまったらしい。外装も手を加えられていて、かつての佇まいを残すのは1Fの食堂スペースのみとなっていた。

やをりきあいにく階段部分の写真を撮ってくるのを忘れてしまったが、店内の様子は左右の写真から幾分かは伺えるであろう。
そういえばその写真を見て思い出したが、当時はこの界隈で大型冷蔵庫を持っているのはうちだけだったと自慢されてたことも付け加えておこう。失われ行く記憶を手繰ろうとするとき、人々の中に宿る「自慢の心」というのはそれを強烈に記憶の縁へと呼び戻す可能性を持つものであり、何とも重要なのである。

ちなみに昼食を済ませて来ていた3人は表が暑かったこともあってサイダーのみ注文。
neonさんは橋本の昔の様子を収めた写真を持参されていて、おばちゃんやもう一人いたおばちゃんと同年代くらいのお客さんにも見てもらっていた。その様子を見ているとおばちゃんたちの受け答えが面白い。面白いというか、厳密に言ってしまうと記憶がいい加減なのだ。だから本気で彼の地を調査しようとしている者にとっては困った話かもしれないが、私はおばちゃんたちと neonさんのやりとりを微笑ましく見守っていた。

町の記憶とはおそらくはそんなものなのだ。「景観喚問」のエントリー以降、このブログでも「景観」についての問い掛けは何度かし始めているが、住民ほどに自分の町を記号化して見てしまっている(=見ないでしまっている)ということは往々にしてあり得る話なのではないだろうか。だから彼女たちは見ているはずの昔の建物の写真を見ても「こんなのあった?」と言うこともあれば、軒より下の方に視線を集中してもらうことでようやく思い出してもらえるなんてこともある。それは彼女たちが建物を建物全体として見る必要がなかったのだから当然の話である。

他方で「やをりき」を出て、neonさん&ちはるさんと別れ、私がもう一度一人で橋本をぐるっと回っていたときに話し掛けてきたおばちゃんは「ここも京都市内の町家のように、古い建物を活かすような改装をして、カフェやショップなどのような形で人を呼べればいいのに」と言われていた。それは私がカメラを持って如何にも物好きしか撮らないようなものを撮っていたからそんな発言になってたのかもしれないが、しかし、そのおばちゃんの発言からある種の景観意識のようなものを読み取ることはそう困難なことではない。ただ、私はその発想が「正」なのか?と問われたら、何も答えられないのが現状である。つまり、私はそれを「悪」だとも言い難いし、また「やをりき」のおばちゃんたちのようにかつての橋本の情景を懐かしみつつも、景観に対して無意識であることによって、時の流れとともに自然に自分たちの記憶を押し流してしまってることも「悪」だとは言えないと思うのだ。

旧橋本遊郭

橋本遊郭の建物そのものや町並みの話からは逸れてしまったが、それらについては冒頭でリンク張った neonさんのエントリーおよび作品に触れていただくのが一番だろう。
あとは flickr の方の「橋本遊郭」タグで20〜30枚程度、今回撮った写真をちびりちびりアップしてくつもりなので、たまに覗いてもらえたら幸いである。というか、それに乗じて個別の建物についてのエントリーの可能性も大かもしれない。

□◇
もう少し期日が迫ったら改めてエントリーする予定ですが、neonさんが5月に根津の cafe NOMAD で作品展示をされます。ご興味ある方はまずはこちらまで。

Exhibition
ピアニシモな建築たち〜小さく音楽がきこえてくる
2006.05.11(木)〜05.30(火)(但し、5/16、17、24は休業)
cafe NOMAD(〒113-0031 東京都文京区根津2-19-5 tel. 03-3822-2341)
open*14:00-24:00(カフェですので、1オーダーよろしくお願いします)

by m-louis : 2006.03.27 13:00
This Trackback No.
2006年03月31日 14:20
橋本幻景
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weblog: 日本の風俗と文化
comment

なんということでしょう!
今度、必ず行きます!

by シンパ : 2006.03.29 22:18

こんにちは★
これはすごーい!ちょっと感動です。。。
またカメラ魂が!うずきますw

by ucaco : 2006.03.31 10:54

neonです、この度はどうもほんとに色々ありがとうございます。そしてこちらに素晴らしいエントリーをして下さいまして、(また拙画、展示のことまでお書き下さり深謝いたします。)大変嬉しく、つくづくこの美しい写真に見入っています。やはり私の撮ったモノとは段違いの素晴らしさです。尚、トラックバックさせていただきましたのでよろしくお願いいたします。

by neon : 2006.03.31 14:29

>シンパさん+ucacoさん
元遊郭だったとはいえ、今は町としては静まりかえったようなところになってますので行かれるときはこっそりお忍びでくらいの気持ちで行かれるのがベストかと思います。

>neonさん
こちらこそ neonさんのおかげでこのような場所を知ることができて、大変感謝しております。しかし、ふと考えてみたら、やをりきで neonさんを撮ったとき、自分のカメラで撮っておけばよかったと思いました。やっぱり人のカメラって馴れてないので、なかなか思うように撮れないですからね〜。ブレてたんじゃないかとちょっと心配。

by m-louis : 2006.03.31 23:27

了解しました!
軍艦アパートのような感じにはならないと思います。
あのアパートは 何でしょうかね〜自分でも不思議ですが
完全に虜です(汗)

by シンパ : 2006.04.08 21:18

>シンパさん
シンパさんが行かれた時期と私が行った時期で若干ズレがあるので印象が違いそうですが、私が行ったときの軍艦アパートはもう完全にカメラマンとゴミ漁りの人たちのために最後の姿を見せているという感じでした(^^;)
それに対して橋本はときどき撮影しに来る人もおられるようですが、基本的には老いてもどこかうぶな町という感じでしょうか。でも、きっとシンパさんなら何か思われるところのある場所ではないかと思います。

by m-louis : 2006.04.10 22:49

大陸の西の方の、(かつてローカルな、いまやグローバルな)観念体系の一角に、(まるで出任せの推測だけどたぶん今見られるような姿になるのに何百年もさかのぼらない新しさで、)「無垢/経験」という、あらかじめデッドロックが(ほとんど風習から?)しこまれた、弁証法があるようですが、それを重ねて見るなら、前者が、やをりきの、後者が、そのあと路上であった「景観」概念既得者の、おばあちゃんといえるように思いますが、その重ね合わせが、けっこうすぽっとはまる(と思うんだけど)その、はめて見ることができちゃうようなところに、「何も答えられない」「〜だとは言えないと思うのだ。」な感じの、なにかしらの前提があるような気がするんだけど、どうだろうね。どうだろうね、ってのも、あれだが。
(だからむしろ「こんなのあった?」のおばあちゃんたちのはいわゆる「記号化」とは趣の異なる経緯によるものと考えるのが妥当のように思えてしまう。)
さらにつけくわえるなら、大陸の東の方では、近代化にくっついて輸入されるまでは「無垢/経験」という平明な「対立化」をごく自然にねばりづよく回避してずっと来たものと思うのだけど、というか、無垢、経験にあたる概念に与えられてたプロパティとか、両者の関係づけとか、だいぶ様相がちがったとおもうんだけど、というか、はじめから無垢の勝ちで押し通してきたみたいな、というか、少々、話が大風呂敷というか大雑把すぎるかしら。
というか、こういうふうにかくと、アジア復古!みたいな、それこそ「経験」つまり既得概念に依存したイデオロギーっぽく読まれかねないけれど、といって、ではそれが悪いのかと言えば、かんたんにそう「だとは言えないと思うのだ。」

だが、そういう「経験もの」の類いは、けっきょく息が続かない傾向にあるのは事実だろう。息が続かなくなって絶えても、また何度でも生まれてくるわけだけど。

ところで関係ないが、法律でしめだされて行き場を失った大量の売笑婦たちの、受け皿としてカフェーの給仕女があったというようなことを、どこかで読んだか聞いたかした気がする。内田百けんの何かにも、うっかり入ったカフェーで両脇をけばけばしい給仕女にはさまれて迷惑する、むかしはこんなことはなかった、というようなのがあった気がする。(もちろん自身貧乏のどん底にあった百けんは、給仕女になる人達の事情を知っているのである。)

by ct : 2006.04.11 13:50

>ctさん
むむむ。このコメントにはちょいと答えを窮しているのですが、このエントリーで問い掛けているというか、思い悩んでいるのは「旧阪急梅田駅コンコースを残したい・・」というブログを立ち上げ、ある種の景観保存活動に加担してきた自分が、橋本という場所に格別に深い敬意と愛惜を抱きながらもそれが消えゆくことをどこか胆のあたたかいところで受け入れておられる neonさんに接し、戸惑っているの図を、橋本で出会ったおばちゃんたちを引き合いにして表現してみたというようなところがあります。
その点において「無垢/経験」の対立(?)に「何も答えられない」「〜だとは言えないと思うのだ。」と書いてるのは、まさにその戸惑いのまんまなところがあるわけでして、まあ、そんなことを言い出すと江藤淳の『成熟と喪失』で対象とされる60年代文学っぽくもなってきて、ついその対立を「天皇制/民主主義」などと言い換えてみたくなったりもしますが、そのなにかしらの出口が ctさんには見えているのでしょうか?
(まあ、すでにそのコメントのなかで書かれているとも言えそうだけど)

by m-louis : 2006.04.13 00:16

はじめまして!先日橋本探訪して参りまして、簡単にblogを書いたのですが、
「他の人はどんなこと書いているんだろう?」と検索したところ、m-louisさんのレポートにたどり着き、
その内容の濃さ(特に多津美旅館内部)に感動し、勝手ながらTB入れさせていただきました。
よろしくお願いいたします。

by miyama : 2006.08.16 08:48

 「やをりき食堂」ってこんなにすばらしい建物だったんですね。私は、3ヶ月ほど前に橋本を散歩しましたが、m-louisさんのブログを拝見し、また行ってみたくなりました。1枚目の写真、すばらしいです。川沿いの建物ですか。

by 風俗散歩 : 2006.08.16 09:04

>miyamaさん
はじめまして。コメント&TBありがとうございます。
橋本、何とも喩えようのない、不思議な時間が流れてますよね。
多津美旅館は、内部といっても玄関部分のみですので、次は是非泊まってみたいと思ってます。そのときにはこのエントリーで書き足りてないところも合わせてレポートするつもりなので、またお知らせさせていただきます。どうぞよろしく。

>風俗散歩さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
「やをりき食堂」は建物の内部を一番気軽に見られるところですので、是非また行かれることをオススメします。おばちゃんに話を聞くとうろ覚えながら(?>笑)色々、橋本の昔のことをいろいろ教えてくれると思いますよ。
冒頭の写真は川沿いの建物を土手の上から撮りました。あの土手も国道沿いで車が飛ばしていて少々危険ですが、橋本の川手が見渡せる点で非常にオススメです。

by m-louis : 2006.08.17 18:49

m-louisさん、はじめまして

10月22日に京都競馬場で行われる「菊花賞」観戦のための
宿を探していたところ、「多津美旅館」というなんとも風情のある
名前が競馬場の近隣にあることがわかり、詳細をしらべたところ
こちらに辿りついた次第です。

私は古い建物を大事に使っている旅館や街並が好きなので、
早速宿泊の予約を入れました。内部がどのようになっているか、
拙いながら写真に収めて後日ご報告したいと思います。
近隣の銭湯も良い設えのようですので、こちらも楽しみにして
います。

by Mr.noone special : 2006.09.20 17:24

>Mr.noone specialさん
はじめまして。ご訪問ありがとうございます。
「菊花賞」観戦のあとに多津美旅館ですか、、それは何とも粋ですね〜。
私も多津美旅館には泊まりたいと思いながら未だ実現叶わず、Mr.noone specialさんのレポートを大変楽しみにしております。同じ京街道沿いの銭湯も良い感じでしたよ!

by m-louis : 2006.09.20 19:24

m-louisさん、こんにちは。

多津見旅館に宿泊してまいりました。現在は商用の旅籠としての利用が

中心のようで、全室LANが配備されているなど、現代にあわせた箇所も

目立ちましたが、所々に粋な風情を感じさせるものも残っておりました。

拙ブログに簡単な滞在記を記載しましたので、お目通しいただければ

幸いです。またTBもさせていただきました。よろしくお願い致します。

なお、橋本湯ですが、時期外れの百花繚乱ぶりに胆を冷やしたことだけ

お伝えしておきます。(苦笑)

by Mr.noone special : 2006.10.28 08:04

>Mr.noone specialさん
先月、トラックバックのスパム処理制限を厳しくしたところ、同時にコメントの処理機能まで上がってしまってたようで、こちらのコメント、迷惑処理されたまま、今日まで気づきませんでした(汗)
迷惑処理されたトラックバックリストは確認に行ってたんですが、まさかコメントまでとは思ってなかったので、トラックバックで先に Mr.noone specialさんのエントリーを知った次第です。

で、多津見旅館の件、貴ブログで秋に京都に来る友人に紹介しようかと書きましたが、すでに他の宿を見つけてしまってたとのことで、結局自分で泊まりに行くしかないなと今は思っております。

橋本湯の「時期外れの百花繚乱ぶり」というのも非常に気になりますね。
そこだけ行って帰ったらきっと湯冷めするでしょうから、やはり多津見旅館にはいつの日か絶対に Go! であります(^^;)

by m-louis : 2006.11.06 15:29

m-louisさん、こんばんは。

かえって色々とお気遣いさせてしまって申し訳ありません。

本日neonさんにも拙ブログにコメントを頂戴しました。是非
泊まってみたいとのお話でしたので、お二人で橋本再訪
と宿泊が実現されるとよいなぁ・・・などと夢想しております。

引き続きブログを楽しみに拝見させていただきます。

by Mr.noone special : 2006.11.06 21:11

>Mr.noone specialさん
いえいえ、これは完全にこちらのミスですので、、
neonさんにご指摘いただかなければ、全てのコメントを放っておきっぱなしになりかねなかったところであります(汗)

ちなみに私も neonさんがおられなければ橋本を知ることさえなかった可能性大でして、その意味で neonさんには大変感謝しております。ただ、さすがに二人で橋本再訪
と宿泊というのは怪しすぎますので(笑)、まあ、もう少し人数集めて行ってみたいものだと思っております。

by m-louis : 2006.11.07 15:17









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