2008年08月03日 (日)
ならせんと・まんと

2008年7月19日 15:02, 奈良市/三条通, Nikon D300/50mm
先月、奈良に用があって、奈良の三条通りを歩いていたら見つけたのがこのポスター。
あさみ新聞「まんとくん」のエントリーで、せんとくんとまんとくん、対立してるよりお笑いユニットでも組んだら?という提案というか進言があったが、一応、三条通りのショッピングモールにおいては仲良くしてる模様であることを報告しておこう。
ところで、この写真を flickr にアップしたら「鹿坊」を見てから「せんとくん」見るとかわいくて仕方ないというコメントがあり、「鹿坊」とはなんぞや?と思って確認するとこれがまたすごいヴィジュアル(汗)
2008年07月31日 (木)
アクセス検索ワード2008.07

2008年7月25日 20:42, 大阪/自宅, Nikon D300/35mm
間違いなく今月だけ浮上するキーワード「花火」に「天神祭」。例年は友人が集まって広島/大阪風のお好み食べながらという感じになるのだが、今年は忙しさも手伝って、身内だけで静かに眺める花火だった(といっても下は人だかりで超うるさいが)。
ついでに先月のアクセス解析も今頃更新。
2007年12月31日 (月)
アクセス検索ワード2007.12

2007.12.19 15:30, 大阪市北区天満(桜ノ宮橋), Nikon D50/38mm
「軍艦アパート」の8.5%はこれまでの最高数値ではないだろうか。エントリー増がないため、いよいよ検索結果が純化されて来ているということか。「結婚できない男」のひさびさランクインは阿部ちゃんへのご祝儀検索ということかもしれない(笑)
検索ランキングとは関係ないが、以前にエントリーした新桜ノ宮橋が開通し、その横に並ぶ元桜ノ宮橋(愛称・銀橋)が解体または修復工事中で、橋のど真ん中を歩けるようになっている。年の瀬。ゆく鳶くる年。2007年末はちょい運が悪かった。
2007年03月31日 (土)
アクセス検索ワード2007.03
おそらく今頃更地と化したであろう軍艦アパートが先月に続き、高いアクセス数を堅持しているので、今月も軍艦アパートからの写真をピックアップしておこう。他、川端で知られる滋賀県は新旭町の針江区と千駄木のファーブル昆虫館がどちらもエントリーからはだいぶ経つのにランクインしてきた。
2007年02月28日 (水)
アクセス検索ワード2007.02
臭突がじわじわと勢力を伸ばし始め、何だかブログ界でもすっかり市民権を得た感じがする。軍艦アパートはその最後の最後を見に行けなかったが、完全になくなってしまったようだ。曙ハウスは13位と惜しくもトップ10圏外。それと先月、突如逆転現象を起こしたヤフー vs グーグルは今月は52%:42%と再びヤフーが盛り返していた。
2007年02月22日 (木)
由良タイルハウスと淡路瓦
「戦没学徒記念 若人の広場」で記したように、仕事で初上陸した淡路島。残念ながら車窓風景以外にプライベートで撮れた写真は少なかったが、仕事が終わって車に乗り込む直前に唯一撮れた淡路島の家の写真がこれである。場所は洲本市由良の由良大橋の袂。もちろん淡路島の家はみんなこんな感じというわけでは決してない。ただ、さすがにこのタイル&臭突は、、撮らずんば男が廃るという気がして撮ってきた(汗)
2007年02月06日 (火)
長居公園テント村跡地にて
2月5日、大阪・長居公園のテント村が市の行政代執行によって強制撤去されている。
当日は各種報道番組などでも盛んに取り上げられていたらしいのだが、生憎その日、私は大阪に居なかったもので、その撤去中の映像情報に生で接することはできなかった。
(といっても、YouTube で「長居公園」検索すれば幾つか出てくるので確認は可能)
2006年12月26日 (火)
シェルター大阪舘
先月末、韓国旅行に行ったのだが(それについては妻が LBGO「久々の韓国・一日目」「久々の韓国・二日目(その1)」で連載エントリー中)、関空へ向かう南海空港線の電車の中、おそらくは貝塚駅を過ぎたあたりで見えてきたのが上の写真の光景だった。
2006年11月11日 (土)
新旭町針江の川端ツアー
琵琶湖北西部に位置する高島市新旭町に、生水(しょうず)=湧き水を今も生活用水にしている針江という集落がある。川端(かばた)と呼ばれる水場が家の内外に作られ、そこには鯉や鱒が放たれ、自然と人が共存する「美しい日本」がここには確かにあるとさえ思いたくなるが、現首相が言ってるそれと通ずるものがあるのかは彼の著作を読んだことがないのでわからない。
小雨の降る一日だったが、その川端を見に妻と針江生水の郷委員会主催のエコツアーに参加してきた。ツアーを利用しないと人家の中に川端はあるだけに見ることができないのである。また、この地域では、こうした地域の特性を守るため、敢えてエコツアーを敢行して、外来種ともいうべき観光客の行動を限定している。このあたりの詳細は京都新聞で針江生水の郷委員会のことを紹介した「エコな挑戦」を参照のこと。
2006年11月05日 (日)
四天王寺ワッソの雨森芳洲
7月末に「朝鮮人街道、高麗橋まで」というエントリーで近江八幡に行った際に「朝鮮人街道」という石碑を見つけ、そこから「朝鮮通信使」の存在を知るに至る経緯を書いた。そのコメントでわきた・けんいちさんから推薦を受けた『「朝鮮人街道」をゆく』(サンライズ出版・¥1,020)という彦根東高校新聞部の調査結果を下敷きにして書かれた本を読み、朝鮮通信使について僅かながらもミニ知識を身につけてしまったもんだから、11月5日に難波宮で本祭の行われた古代アジアの国際交流を雅やかに再現するという「四天王寺ワッソ」では、妙なところで一人興奮せずにはいられなかった。
その最たるものが、雨森芳洲の登場である。

















