2008年09月20日 (土)
2008年7月6日 16:51, 韓国/ソウル市鍾路区, Nikon D300/16mm
研究調査のため中国を訪問中の「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発 」のわきたさんが、現地からワクワクさせてくれる写真を添えてエントリーされる「中国の町角から 」シリーズが最近の楽しみの一つである。そこでピックアップされる写真は、北京五輪でTVに映し出されることのなかった中国の一面であり、天安門事件の直後に貧乏旅行で自分が訪れた中国とも色彩の豊かさ や暖かさ という点で、随分異なる印象だ。
それらのエントリーに触発されて、7月初旬に数日行った韓国の町角写真 を少しこちらでも紹介しておこうかという気になった。わきたさんのように現地に溶け込んでというわけではないので、通りすがりの町角でしかないが、Google ストリートビューカーが通りすがることは当面なさそうな場所とは言えそうである(俯瞰はされるが)。
冒頭の写真は、鍾路 (종로・Jongno)という光化門と東大門の間に位置するソウルの中心街から一歩裏手に入ったところで撮ったものである。1998年に一人旅でインド に行ったとき、トランジットでソウルに数泊せねばならず、そのとき空港で教えてもらった格安ホテル「新進荘 」がこの鍾路の路地裏にあった。以来、格安で地の利が良いことに加え、この界隈の雰囲気が好きでソウルではいつもここに泊まるようにしている。
2008年7月6日 10:46, 韓国/ソウル市鍾路区, Nikon D300/16mm
ちなみにこの界隈の路地裏には李氏朝鮮時代から名付けられたピマッコル という呼び名があり、詳しくはリンクした Wikipedia を確認いただければと思うが、鍾路を通る高官たちの馬を避けて庶民たちが通った道という意味を持つ「避馬(ぴま)」という言葉に由来するそうだ。安宿の他にも飲み屋や食堂、風俗店 、ビリヤード場 などが迷路状の細い路地の間に雑然と存在し、そんな中に民家もひょっこり顔を覗かせる。都心部の中の都心部という立地にあって、ネオンと庶民の生活が混在するピマッコル。しかしここでも都市開発の荒波は押し寄せてきているらしい。
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2008年02月13日 (水)
2006.11.26 16:48, 韓国ソウル市中区(南大門), Nikon D50/18mm
ソウルの南大門の名で知られる崇礼門(崇禮門 )が放火されるとは!(朝鮮日報魚拓 )
2006年秋に門をくぐってきてるだけに、あれま〜の感は強い。まあ、確かに警備は門番いたっけな〜というくらいに手ぬるい感じではあった。写真右下に SECOM のマークが見えてるが、監視カメラなども「無用の長物 」で終わっていたということらしい。ただ、個人的にはこうした事件を機に世間が監視強化を是とする方向に傾き、それに国が便乗するのはあまり好ましいことだとは思わない。形は違うが、姉歯事件により建築基準法が改正されるという対症療法的な法整備を想起してしまう。
朝鮮日報では、すでに「再建に使う木材は? 」という記事も書かれ、補修工事の予算は2〜3年掛かりで約23億円と見込まれているようだ。文化財庁は「日本統治時代に改造された崇礼門の左右の城壁も原型通り復元する計画を打ち出している」らしいが、できることなら今回の火災まで含めた歴史的経緯の見える再建計画を立ててもらいたいもんである(国宝指定の問題 で右往左往なんぞしてないで、ある意味 Wikipedia 的にね)。
ちなみに2006年時点の門前の説明書きには以下のようにしか記されてなかった。
ソウル崇礼門 (スンネムン) この門は、ソウル城郭の正門である。また、城郭の南側にあるため、南大門とも呼ばれている。朝鮮第1代王、太祖7年(1398) に創建され、第4代王、世宗30年(1448) に大々的に改築された。
上下階が、正面5間、側面2間のこの門は、典型的な多包様式の建物で、しっかりとした木造建築物の技術がここに見られる。また、現存する城門としては、韓国最大の規模を誇っている。門に掛かっている扁額の字に関してはいくつかの説があるが、《芝峰類説》には、第3代王、太宗の長男、譲寧大君が書いたと記録されている。
門をくぐり、天井を見上げると龍の天井画があったんだが、そのことは Wikipedia には触れられていない模様。
flickr に写真をアップしたら、タグ 伝いにメディアでは流れていない火災現場の様子 なども見ることができる。言ってしまえば、それもまた記念撮影の場と化しているといっても過言ではないのだが、それに対してとやかく言える立場では自分はないようだ。
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2007年02月03日 (土)
この写真はチャングムテーマパークへ行くのに議政府北部駅から乗ったタクシーの中から撮影したもの。走行中なだけにかなりの無茶撮りではあるが、屋根裏部屋(?) 手前にあるバルコニーの、何とな〜くプリティな様子が気に入って flickr にアップしていた。
しかし、前々エントリーの「K的臭突 」でもそうだったように、韓国の建物は日本のそれと較べて妙にスケール感の小さな建具や設備を見掛けることが多い。この写真の民家の場合でもバルコニーに出る扉がどう考えても小さい。日本の茶室の躙り口(にじりぐち)に毛が生えた程度の、肩を窄めて潜らないと出られないくらいの大きさである。
・・と書いたところで、試しに「茶室 」を Wikipedia で確認してみたところ、
にじり口は、千利休が河内枚方の淀川河畔で漁夫が船小屋に入る様子を見てヒントを得た、とされる。朝鮮半島の民家からヒントを得て考案した という説もある。しかし、にじり口の原型とみられる入り口は、武野紹鴎の時代の古図にも見られ、また商家の大戸に明けられた潜りなど同類の試みは多種見られることから、利休の発明とは言えない。
と、諸説あるうちで「朝鮮半島の民家からヒントを得て考案した説もある」ことを知る。ま、だから「バルコニーの躙り口」というタイトルを付けたというわけではないのだが、私のように本格的な茶室で茶を嗜んだ経験のない者にとっては、この写真の戸口と茶室の躙り口が、ある点でそんなには違わないものに感じられてしまう。
要するに「狭い戸口を肩を窄めて潜る」という所作には、それが「出る」という行為であれ、「入る」という行為であれ、どこかしら子供の時分から持ち合わせている悪戯心を擽るようなところがあるように思えてならないのだ。秘密基地への侵入とでも言うともう少しわかりやすいだろうか? ただ、そのことを妻に話してもあまり理解は得られなかった。そのことからつい話がジェンダーへと傾きそうになるが、時の厚生労働相の二の舞は御免なので、ここで話は止めておくことにしよう。
それにしても彼の失言は、ル・コルビュジエの「家は住むための機械である」を知っててのものだったのだろうか。だとしたら、もうちょっと気の利いた言い訳でも考えついたようにも思うのだが‥‥。
【写真】2006.11.23 13:44, 韓国京幾道議政府市・タクシー走行中の車内より
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2007年01月21日 (日)
Kai-Wai 散策「N的家譚 (2) 」の主題「N的」にではなく、その部分パーツ「臭突」に触発されてのエントリー。去年の韓国旅行2日目(妻の LBGO「久々の韓国・二日目(その3) 」)、主目的の大長今テーマパークを見た帰り、最寄りのバス停で約1時間待ち惚けを喰ってる間、そのバス停の向かいに見えていたのがこの光景である。
flickr にアップしたら J16さんから日本の臭突よりも太いのでは?という指摘を受けたがどうなんだろう? 背後の住居のスケールが小さいもんで、それで太く見えるようにも感じられる。臭突比較文化論用ということで Korea 的臭突もアップしておく。
【写真上】2006.11.23 16:10, 韓国京幾道楊州市・MBC 大長今テーマパーク 付近
【写真下】2006.11.23 16:17, 上記の臭突ハウスの右隣の家・こちらにも臭突とは別のN的パーツが散見されるが、やはり「N的 」とはどこか違う感じがする
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2007年01月08日 (月)
去年の10月にエントリーした「△▲△▲△△▲▲ 」とどことなく共通性を感じる。
ソウル市南部を流れる漢江に架かる東湖大橋を渡っているときにバスから撮った写真。
丘の上の乱立状態とでも言えばいいだろうか?(個人的にはこちらの方が好きかな)。
ただ、「△▲△▲△△▲▲」の方は本当はこういうイメージを模倣したかったのかな?
一昨年11月の中欧旅行で行ったチェコのシュテルンベルク城からの風景。もちろん乱立してないということもあるんだけど、やはりその土地に堆積する時間を、ある瞬間だけ切り取ってパクろうとすると「△▲△▲△△▲▲」になっちゃうんだろうなぁ。
【写真上】2006.11.23 11:15, ソウル市龍山區・東湖大橋を渡るバス車窓
【写真下】2005.11.09 09:46, チェコ Sazava・シュテルンベルク城から
【追記】乱立状態と書いたけど、よくよく考えてみたら都市部の住宅街はどこも所狭しと家が乱立してるものである。より厳密に言えば、滅茶苦茶に乱れてではなく、そこそこ整然と立っている。それは「△▲△▲△△▲▲」も同じで、ただ、ここで取り上げた三つの場所に共通するのはそれが南向きの斜面上に建てられているため、ある視点から見るとほぼ全ての家のファサードがこちらを向いて見えてしまうということである。
その点で「景観」として、町全体が問われるポイントは多くなってしまいそうである。
妻の韓国旅行記 LBGO「久々の韓国・二日目(その2) 」もヨロシクちゅせよ!
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2006年06月12日 (月)
ドイツワールドカップ2006 開催を記念して、去年の中欧旅行 でトランジットのために立ち寄ったフランクフルト空港での数コマを軽く紹介してみたい。
まず最初は空港内通路スペースにずらっと設置されたベンチというか寝椅子。
上の写真を見てもわかるように、これがかなりクールなデザインしてて、つい日本とは違うな〜と思いたくなってしまうのだ。機上ではずっと足が下に下がってて、半ば血行障害のような状態になっているので、足を前に突き出せる椅子というところが嬉しい。私も乗り換えを待つ間、しばしこんな感じ で足をだらんと伸ばしていた(笑)
次いでもう一つクールデザインとして紹介したいのが右の写真の公衆電話。
携帯電話を持たない私にとって、最近の日本では駅や空港でも電話を探すだけでも一苦労。最近じゃーわざわざ目立たないところに設置しようとしてる風にも見えるのだが、ここフランクフルト空港ではしっかりここだぞ!とその存在感を主張していてくれた。まあ、実際に利用したわけではないので、使い勝手がどうだったかまでは言えないが、それでも電話機の下のところにちょこっと突き出した荷物置きがあったりと、クールな雰囲気は壊さずに気の利くところは利いているという感じだ。日本もこんな電話を導入してくれとは言わないが、もう少し公共の場で電話の所在がはっきりわかるように、そして一つ箇所に複数台置くよりも、そこそこ要所に分散して配置するようにしてもらいたいものである。
最後にもう一つ、公衆トイレについて触れておく。
アジア以外の海外を旅したことのある一般日本人男性ならば大抵経験したことあると思うのだが、男性用便器の位置がちょっと高いのだ。特にここフランクフルト空港の便器は左の写真からもわかるように便器が小さい上に受け口が上を向いてしまっていて、小用を足すのに微妙に背伸びが必要だった。とりあえず私は日本人平均身長はあるのでまだマシだが、160cm台の身長で足が短い人だとかなり大変だろう。というか、それよりも気になるのが子供はどうやっておしっこしてるのか?ということである。
しかし、このことを書いていてふと思い出したのが、「小便器は男の小宇宙である」という名言を呟かれた「家づくり、行ったり来たり 」の garaikaさんである。彼はこれまでにも
・トイレ自慢──男性限定
・小用姿勢の問題を解決する便器
というエントリーで、そのエントリー内外に小便器文化論を飛び散らして来られているが、その中でも興味深かったのが、男が立って用を足すのはオスとして危機対応能力から来てるのではないか?という説である。この説は別のところ にも飛び火して、男性機能の低下の要因に 「座り小便」 があるのでは?という話にまで展開し、すなわち立ち小便時の力む姿勢は「男」を強化するのに一役買ってるのではないか?という話にまで発展しているのである(後半の飛躍した文章はほとんど私の創作)。
それで私が思ったことというのは、日本人がこのフランクフルト空港の小便器を使えば更なる背伸び状態による力みも増して、すなわち更なる性能力の回復にも繋がり、昨今話題となりがちな少子化問題にも一役買うのではないか?ということである。
ただ、そんな私個人は日本が少子化していくことに賛成派なのであるが(汗)
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2006年03月08日 (水)
飛行機の座席で私は絶対窓側派だ。もし同行者が同じように窓側派であるなら、それが妻であろうと恋人だろうと私は「なら、離れた席に座ろう」と言うだろう。そのくらいに機上からの眺めは楽しく刺激に充ち満ちている。だから万一窓側に座れなかったときは航空運賃半分返せ!と言いたいくらいにブルーな気分なのだ。
今回の中欧旅行で同行した父は幸いにも眺望にはさほど興味がなく、という以前に年を取ってトイレが近くなったため、むしろ積極的に通路側に座りたい人だったおかげで行き帰りとも私は窓側座席に座って滞空時間を満喫することができた。でも、父のように年を取ってなくてもトイレ立席を優先視して通路側を希望する人は案外多いようだ。やはり長時間フライトで寝ている人も多く、その寝ている人をわざわざ起こしてトイレに立つという面倒を厭う人が多いのだろう。でも、私はその面倒と眺望を天秤に掛けても明らかに眺望が勝る。どう考えたってアレを見ないのは勿体ないという他ない。
ちなみに「飛行機ライフ耳編 」でも書いたように旅行代理店の準備不足で往路は父と離れたところに座らなければならなくなってしまったので、私の隣は食事時間以外はほぼ寝っぱなしのオッサンが座っていた。なので、極力迷惑が掛からないようにトイレはなるべく食事のあとに少し長めに時間を取って行った。トイレでは用を足すだけではなく歯磨きしたり顔を洗ったり、またトイレの近くのスペースで体操したりスチュワーデスと話したりと身動きの取れない座席で停滞した血液に流れを与えるべく工夫した。
飛行機の中ではこのように意識的に滞空時間を楽しむよう心掛けた方がエコノミーでも充分高い運賃を払うだけのものを得られると思うのだが、どんなものだろうか? そのおかげで皆が寝てる中、一人楽しんでいたのがバルト海上空に広がる青い世界だった。
【写真】2005.11.08 13:30 ルフトハンザ航空・バルト海上空より
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2006年02月25日 (土)
数年前まで私はフライト3時間以上の飛行機に乗ると着陸後に必ず体調を崩していた。離着陸時の急激な気圧の変化に体が過敏に反応してしまうらしい。あるとき、こうした症状には耳栓が効くという話を聞き、少し調べて「サイレンシア・フライト 」なる2千円近くもする耳栓を買ってみた。上の写真を見てもわかるように3層の膜を耳孔に押し込むかなり特殊な形状の耳栓で、馴れるまでは若干耳が痛い。防音効果の方はおそらく普通の耳栓よりも相当高くて、エンジン音等の騒音が抑えられるのは良いが、同行者や機内アナウンスの声などが聞きづらくなるところが困るっちゃー困る。でも、2千円の威力とでも言うべきか、これ装着して以来、飛行機による体調不良が一気に解消されてしまったのだから、海外旅行には手放せないアイテムとなってしまった。
ところで去年、iPod mini を買って間もなく、せっかくだからちょっと贅沢なイヤホンもついでに買おうと色々物色していたときに、ドイツの ETYMOTIC RESEARCH社 が出している「ER6i 」というイヤホンがほとんどサイレンシア・フライトと同じ形状をしているということを知った。値段は2千円どころか1万円ちょいもするものなのだが、「あのアメリカのブッシュ大統領もオフでマウンテンバイクに乗る時には必ず GIRO のヘルメットに iPod & ETYMOTIC RESEARCHのER-6i」という商品説明に魅せられて思わず買ってしまった。だって、ネオコンのブッシュが新左翼系アップルの人気製品とセットで使ってるというアンバランスさは、それだけでも「オレ、ブッシュと同じもん使ってるんだぜ!」という超アホアホネタになるじゃーないですか!!(^^;)
で、肝心の使い心地はこれまたサイレンシア・フライト同様、馴れるまでに多少時間が掛かった。ちゃんと装着すれば音は漏らさず拾ってくれるのであるが、音が脳髄に響くとでも言ったらいいか、ちょっと漏れなさ過ぎで頭が痛くなってくるのである。ただ、結果的にこれも使ってるうちに馴れてしまって、音を漏らさず拾うってだけに外への音漏れもほとんどなく、まあ、ふだんひきこもりなんでそう頻繁に使うわけでもないが、これまた旅行には手放せない必携アイテムとなっている。
そして今回のフライト計13時間の中欧旅行には一応両方持参したが、使ったのは専らイヤホンの方で、充分それでサイレンシア・フライトと同等の役割を果たしてくれたと言える。特に行きの飛行機では父と席が離れてしまった上に、同列の通路側に座った人の鼾がうるさかったので、iPod 持って行っておいてよかった〜とつくづく思わさせられたのである。なお、写真のサイレンシア・フライトと ER6i の色が随分違うのは ER6i の方が使い込んでて、耳垢というか耳油で染まってしまったのである(汗)
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2006年02月22日 (水)
ついでなので「トリノオリンピック 」ネタでもう一つ。
ここ2つ粉飾日時エントリーが続いたが、このエントリーは現在形でのリアルタイムエントリーである。つまり、女子フィギアスケート見てて寝られないのである(笑)
今現在、荒川静香選手がほとんどミスのない演技でスルツカヤ選手に次ぐ2位の得点を得て、最終組の「Resurfacing of the Ice」を待ち中。ミキティはまあ、こんなもんだろな〜と見ていたが、荒川選手と衣装が逆でも良いように思った。
個人的に気に入ったのは、グルジアの GEDEVANISHVILI Elene 選手。ミキティの前に演技したのだが、154cmと小柄な選手でまだ16歳。現時点(最終組前)で順位は4位だと思うが、154cmとはとても思えない伸びやかな演技を見せてくれた。
浅田真央選手の演技を見られなかった分、彼女が補ってくれたような気分だ。
以上、建築の話はどこ行ったんや?って感じのエントリーだが、本当にそれはどこにもなくて、ただ、冒頭の写真のようなヒビだらけの氷の上でやるスケート競技ってのがあっても、それはそれで面白いのでは?と思って書いてみたってだけの話(汗)
いや、でも、モーグルみたいなデコボコ競技があるんだから、スケートで飛び跳ねていくようなのがあっても面白いと思うんだけどな〜。織田信成君あたりどうだろか?(^^;)
ちなみに今回の冬季オリンピックで私が最も楽しめた競技がスノーボードクロス。
さあ、そろそろ村主章枝選手が始まるので、アップせねば。。
【写真】2005年11月8日ルフトハンザ航空(成田→フランクフルト)から撮影
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2006年02月20日 (月)
「シベリアのへび道 」以来、中欧旅行の続編エントリーは一月ぶりとなってしまった。
この写真も同じくルフトハンザがシベリア上空を飛行中に撮ったものである。
モーグルにもアルペンスキーにもスノーボードクロスにも向かなさそうな雪面ではあるが、トリノオリンピック 見ていたらこの雪の表情をアップしたくなってしまった。
雪って陽を浴びると陽の当たってないところが蒼くなるところが何ともたまらない。
ところで「どうでもいーいですよー」の話ですが、うちの妻がアイススケート解説者の堀井氏の甘い声 にすっかりトリコになってしまったようです(汗)
【写真】2005年11月8日ルフトハンザ航空(成田→フランクフルト)から撮影
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