2006年08月21日 (月)

アカアシクワガタ

Dorcus rubrofemoratus

お盆に妻の実家(広島県総領町)への帰省で、毎年楽しみの一つにしてるのがクワガタ獲りである。まあ、クワガタ獲りといっても、山に分け入って探しに行くのではなく、町のスーパーに備えられた誘虫灯や街灯、自動販売機に集まったクワガタを夜中に探しに行くだけの話。今年はコクワガタ♂2匹、♀2匹にアカアシクワガタの♂を1匹捕まえた。コクワのペアは甥がいるときに捕まえたので、甥にプレゼントし、甥が帰ってからさらにコクワのペアとアカアシクワガタの♂を捕まえたもので、それは大阪に連れて帰り、現在は私のPC椅子の後ろのカゴの中でゴソゴソ元気に動き回っている。

ところで私は35にして初めてアカアシクワガタを捕まえた。というか、生きているアカアシクワガタを見たのも初めてかもしれない。捕まえたときにはコクワだと思っていたのだが、家に帰って明るいところで見たら腹と足が小豆色をしていて、これはアカアシクワガタに間違いないと思ったのである。非常にセコい話なのだが、捕まえたのが甥の帰った後で良かったと思ってしまったのは、私が幼い証拠である(汗)

by m-louis : 14:49 | comments (2) | trackbacks (0)

2006年08月18日 (金)

『ザ・藤森照信』現物×模型

諏訪の高過庵を見に行ったゴリモンさんのエントリー「木の上に住んでみたい♪」コメントで、X-Knowledge HOME 特別編集 No.7『ザ・藤森照信』を紹介しておきながら自分は目を通してないというのも何なので、本日、堂島のジュンク堂で買ってきた。

まだパラパラと写真を見ながら、藤森照信×岡崎乾二郎=対談「最後に残る建築は?」しか読んでないのだが、藤森建築撮り下ろしと称する写真、これがふだん建築雑誌等で見掛ける写真とちょっと違う。というか、ゴリモンさんが Photoshop 加工して最近よく遊んでられる「箱庭梅田」写真にそっくり? てゆーかゴリモンさん、それらの写真を指して"本城直季もどき"って書かれてたんだけど、『ザ・藤森照信』の撮影者とはまさしく本城直季氏ご当人だったのである。

2006年08月09日 (水)

施餓鬼と施主

年配の友人からのメールに「お施餓鬼」という言葉が使われていて、恥ずかしながら私はその言葉にそこで初めて接したのだった。そのメールには親切にその意味も添えられていたが、当然初めての言葉に接したときには Google である(笑)

ここでは葬儀・葬祭会社の文章を引用する。本来、読点の入りそうな場所が全角スペースになっていてちょっと読みづらいので、その部分はこちらで適宜修正を施した。また赤字・緑字は本文とは別のところで使っている。

お施餓鬼とはファミリーホール株式会社お施餓鬼は餓鬼道の世界に落ちて苦しんでいるものに、飲食を施すという意味で、すべての生き物の生命を尊ぶことを教えています。人間としてある私たちも、いつかは餓鬼道に落ちるかもしれませんので、施すことを怠ってはいけないということでしょう。
『施餓鬼会』は、通常、お盆の時期に行われますが、本来は特定の日に限定されるものではございません。お盆の由来の目連尊者のお話と施餓鬼の由来の阿難尊者のお話が似ていることから、この時期に行われるようになったようです。

by m-louis : 19:27 | comments (6) | trackbacks (0)

2006年08月08日 (火)

cloud 88

cloud 88

8月8日、東京発のブログではサンセットブームなるものが起こっていたらしい。敢えてそのブログタイトル名等は記さず、その地名から以下に幾つかリンクしておく。
下北沢高井戸井の頭通り京島根津清瀬三鷹浦安、、

どうやらそれらのエントリー内容から察するに台風接近の影響で、夕焼け空への雲のレイヤーの掛かり方が尋常ならざるものとなっていたらしい。ところでその日、大阪は?というと、同じく台風は接近していたものの、結局、雨すら降らず。

そして夕焼け時間には夕食の準備などをしていて、ベランダに出ることすらしなかったのだけど、それより少し前の17時過ぎ、大阪の雲も東京とはちょっと違う感じで面白いことになっていたので、マンションの最上階の非常階段から撮影。何だかマグリットが冗談めかして描いた空のようだった。

2006年07月31日 (月)

アクセス検索ワード2006.07

「ブログの力」よりも「テレビの力」の方がまだまだデカいってことを実感させられた今月。上位常連ワード「上棟式」が辛うじて施主ブログの面目を保ってくれた(汗)
フランクフルト空港」が10位に入ってきたのは、ドイツワールド杯の名残か?
例年だと「不忍池」「蓮」といったアクセスワードがこの月だけ上位ランクインするのだが、今年それがなかったということは検索サイトで後の方のページに回されてしまったということだろう。まあ、全然それで構わないんだけど‥‥。

by m-louis : 23:30 | comments (2) | trackbacks (0)

2006年07月29日 (土)

朝鮮人街道、高麗橋まで

LBGO「近江八幡日帰りの旅・その3」で京街道商店街の丁稚羊羹で有名な紙平老舗のことが書かれているのを読んでいて、お店のご主人から教わった話を一つ思い出した。
それはその商店街のある京街道が近江八幡〜彦根あたりまでにかけて朝鮮人街道とも呼ばれているということについてである。ちょうど市立資料館を出て、商店街へと向かう途中に「朝鮮人街道」と書かれた石碑があり、その脇には近江八幡観光物産協会による以下のような説明書きがなされている。

朝鮮人街道(京街道) 近江八幡観光物産協会江戸時代、将軍が交代するたびに朝鮮国より国王の親書をもって来日する「朝鮮通信使」は、役人の他にも文人や学者など、多い時には500人規模で組織され、往復で約1年もの歳月を費やしたと言われています。
行程は、ソウルから江戸までの約2,000キロにもなりますが、近江八幡を含む、彦根から野洲までの一部の地域で「朝鮮人街道」と今も呼ばれています。
本願寺八幡別院(市内北元町)では正使、そして京街道(当地域)一帯で随員の昼食や休憩場所として使われ、当時の町人はまちを挙げて歓迎し、文化交流がさかんに行われました。

by m-louis : 17:31 | comments (6) | trackbacks (0)

2006年07月22日 (土)

トヨクニハウス・Aの影

わきた・けんいちさんの Blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」で「トヨクニハウス」という戦前のRC造集合住宅を知って以降、都島方面に用がある度に何度か見に行っているのだが、なかなかそれについてエントリーする機会を持てずにいた。この日もコーナン都島店にフライパンを買いに行く必要があったため、前を通りはしたものの、今は大相撲名古屋場所期間中なもので、夕方の外出でそう悠長に寄り道してもいられない。というわけで、自転車に乗ったまま撮影したトヨクニハウスのロゴのみ今回は紹介することにしよう。厳密にはロゴそのものよりも、「トヨクニハウス・A」のロゴが夕陽を浴びて出来た影の方を撮りたかったのであるが。。

by m-louis : 16:02 | comments (4) | trackbacks (0)

2006年07月21日 (金)

近江八幡の葦と天神祭

妻の LBGO「近江八幡日帰りの旅・その1」では近江八幡の葦が天神祭で大阪天満宮に奉納されるということについて触れられている。近江八幡への日帰り旅行で水郷めぐりをしたとき、船頭さんからその話題が出て、天神祭ご当地に住む我々としてはさすがにその話に食いつかない訳にはいかなかった。はるばる近江八幡まで来て、自分たちの住む街とリンクする話題が出るというのはそれだけでも嬉しくなるものだ。

by m-louis : 16:30 | comments (5) | trackbacks (1)

2006年07月17日 (月)

斜め反り立ち工場

Yodogawa Machine Industry Co.,Ltd.

ドリアン求めて野田のジャスコに行くときは、いつも最短距離の国道2号線をチャリで突っ走るのだが、この日は何となくJR東西線福島駅のあたりから路地に入って寄り道気分。すると間もなく出てきたのが、この淀川マシン産業株式会社の建物だった。

写真を見てもわかるようにかなりアヴァンギャルド(無茶)な形状をしている。
特に正面2階の斜めに反り立った部分は床面の骨組みが半分露出していて、ブルーシートが被さられているだけなのだ。会社名でググると一応電話帳登録ページなども出てくるが、現在も健在なのかはよくわからなかった。

by m-louis : 17:36 | comments (7) | trackbacks (0)

2006年07月15日 (土)

行器と附子(ホカイとブス)

3連休の初日、旅欲求不満気味の妻と近江八幡に日帰りで行ってきたのだが(詳しくはLBGO「近江八幡日帰りの旅・その1」参照)、そこで思わぬものと巡り会った。
古くから三鷹の実家にあったもので、谷中にも持ち込みはしたものの、1階で行き場もなく水屋箪笥の上に置かれた「行器(ホカイ)」である。それとほぼそっくりなものが2器、近江八幡の歴史民俗博物館に展示されていたのだ。

by m-louis : 16:40 | comments (2) | trackbacks (4)
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