2007年11月30日 (金)
2007.10.07 14:55, 広島県庄原市総領町(妻実家), Nikon D50/50mm
ここ半年、なかなか安定した感じで「臭突」が常時ランクインしている。と言っても、谷中の実家に臭突はあるまでもなく、私がふだん臭突のお世話になるのは専ら総領町の妻の実家においてである。10月に帰省したときには、彼岸花と一緒に屹立していた。
- 軍艦アパート 6.8%
- 上棟式 2.7%
- 谷中 2.0%
- 高過庵 1.7%
- グヤーシュ 1.7%
- 臭突 1.4%
- 遊郭 1.3%
- 写真 1.1%
- 地鎮祭 0.9%
- 板塀 0.8%
先月(2007年10月)の解析結果はこちらから。
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2007年01月21日 (日)
Kai-Wai 散策「N的家譚 (2)」の主題「N的」にではなく、その部分パーツ「臭突」に触発されてのエントリー。去年の韓国旅行2日目(妻の LBGO「久々の韓国・二日目(その3)」)、主目的の大長今テーマパークを見た帰り、最寄りのバス停で約1時間待ち惚けを喰ってる間、そのバス停の向かいに見えていたのがこの光景である。
flickr にアップしたら J16さんから日本の臭突よりも太いのでは?という指摘を受けたがどうなんだろう? 背後の住居のスケールが小さいもんで、それで太く見えるようにも感じられる。臭突比較文化論用ということで Korea 的臭突もアップしておく。
【写真上】2006.11.23 16:10, 韓国京幾道楊州市・MBC 大長今テーマパーク付近
【写真下】2006.11.23 16:17, 上記の臭突ハウスの右隣の家・こちらにも臭突とは別のN的パーツが散見されるが、やはり「N的」とはどこか違う感じがする
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2006年08月29日 (火)
上の画像は長らく私が PowerBook のデスクトップ用壁紙にしているものである。
「CWVF≒臭突」のエントリーで、ちはるさんから「子供の頃はココからサンタさんが入ってくるのだと信じたものです」というコメントを受け、思い出したのが私も子供の頃、つまり三鷹金猊居在住時代に風呂場の煙突を見上げながら、首を傾けつつもそれでもサンタクロースを信じようとしていたことである。
三鷹金猊居は敷地内に風呂場が独立して存在する、それだけ聞くとかなり贅沢な家だった。しかし、田舎育ちの妻でさえ驚いたように、その独立風呂小屋ともいえる風呂場はなかなか年季が入っていて、戸・窓はガタガタのスカスカ、ある意味、覗きもし放題。冬場は冷たい風がピューピュー吹き込んでくるような、裸になったら即風呂に飛び込まないとやってられん!くらいのオンボロ風呂だったのである。
風呂は木桶でガスで沸かし、そのガスの換気口ということだったのだろうか? 煙突が付いていた。しかし、風呂を沸かしても煙が出たわけではないので、むしろ臭突に近いものだったと言えるのかもしれない。
小学校高学年になるくらいまで純粋培養の超無邪気少年だった私はサンタクロースの話も何の疑いもなく信じてしまうようなアホな子供だった。ただ、そんなサンタを信じつつもちょっとだけおかしいなとは思ってもいたのである。それはまず第一に煙突の穴が通気用の細い穴しかなくて、とても人が入れるような大きさではなかったこと。もう一つは風呂場が独立しているので、どうやって私の寝ていた母屋まで入ってきたのか?ということ。そういうプラグマティックな面だけは空想世界に対する無思考ぶりに対し、多少は冷静に考えようという側面を子供ながらに兼ね備えていたようである。
デスクトップの壁紙に冒頭の画像を選んだ理由は色相のバラツキが少なく、彩度抑えめで背景として目に鬱陶しくないというのが第一ではあったが、どこかこの煙突には何とも言い難い懐かしさのようなものがあり、それを無意識裡に選び、長く使い続けている理由にも繋がっているのだろう。そしてまたそれを無意識裡に日々見続けていることが私の必要以上の「CWVF≒臭突」への興味・関心にも繋がっているのかもしれない。
臭突を通れぬサンタの最大のプレゼントは「臭突」そのものだったのである。
【写真上】2002.10.07 09:33 三鷹金猊居・風呂場の煙突・モデル:ウスケ
【写真中】2002.10.03 10:53 三鷹金猊居・風呂場の浴室・モデル:ウスケ
【写真下】2002.10.14 05:36 三鷹金猊居解体日の早朝・風呂場の正面写真
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2006年08月24日 (木)
去年の秋に flickr で nodocaさんらと「臭突」のことが話題になったことがあった。
臭突とは水洗化されてないトイレ(所謂汲み取り式便所)の臭いを外気に排出する煙突状のファンのようなものである。それまでは漠然と煙突との区別なしに田舎でときおり目にする光景として捉えていたが、それが話題になってからは妙に意識して見るようになってしまった。というか、まず最初はその名前がわからなかったのである。
そして名前のわからないまま、「トイレの換気するヤツ (Copyrighting by isado)」についての Group「chimney with ventilation fan=CWVF」を nodocaさんが flickr に立ち上げられる。で、「CWVF」という造語が flickr 仲間(といっても極数名)間での通称となっていたのだが、今年の正月に妻の実家・総領に帰省した折り、当然のように2器備わっている家なので義父母に聞いてみたのである。
すると最初はその名前に思い当たらないのか、換気なんとかじゃろと誤魔化していたのだが、帰阪日の車の中で二人が何食わぬ顔して「あの臭突が・・」などと話しているのである。う〜む、彼らはどこかで調べていたのだろうか? それとも突如思い出したのか? いずれにせよ、その名前ならば CWVF を表現するのにもしっくり来る。早速帰宅後にググってみると wikipedia の「汲み取り式便所」説明文に「臭突」という言葉は出ており、また、ネポンという会社からはしっかり「臭突」という名の付いたソケット等が販売されていた。どうやら義父母の弁に間違いはなかったようである。
ところで今回なぜ「臭突」の話を突如エントリーしたかというと、Kai-Wai 散策「N的家譚」で masaさんが江戸川区平井で見つけられた如何にも neonさん画仕立てな家の写真をアップされ「これで臭突が装備されていたら…」と悔しがられるのだが、そしたら neonさんがN的画譚「紫陽花色の家」でお返しとばかりに臭突装備の画をアップされるという経緯があり、まあ、何となく私もそれに反応して「臭突」のことに触れたくなってしまったのである。ちなみに neonさんはコメントで「臭突」の「臭」の字が哀しいので「もっと他の呼び名はないもんでしょうか?」と書かれているのだが、とりあえず私共で提供できるのは「CWVF」と、他に nodocaさんがミクシィで発見して教えてくれた「クルクル王子様」なんてのがある。どないでしょか?(汗)
尚、冒頭の写真は flickr「CWVF」Group のアイコンとして採用されてる(nodocaさん、多謝!)私が去年の夏に愛知県の稲沢市で撮ったもの。また下のランダムで表示が切り替わる正方形サムネイル写真は「CWVF」Group にプールされたもの。
それとトイレ絡みの写真をひたすら収集されてる satohknackさんという方の Yahoo! フォトアルバム「HTE 臭突」「くるくる臭突」は臭突選として大いに見応えアリ!
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2006年06月12日 (月)
ドイツワールドカップ2006 開催を記念して、去年の中欧旅行でトランジットのために立ち寄ったフランクフルト空港での数コマを軽く紹介してみたい。
まず最初は空港内通路スペースにずらっと設置されたベンチというか寝椅子。
上の写真を見てもわかるように、これがかなりクールなデザインしてて、つい日本とは違うな〜と思いたくなってしまうのだ。機上ではずっと足が下に下がってて、半ば血行障害のような状態になっているので、足を前に突き出せる椅子というところが嬉しい。私も乗り換えを待つ間、しばしこんな感じで足をだらんと伸ばしていた(笑)
次いでもう一つクールデザインとして紹介したいのが右の写真の公衆電話。
携帯電話を持たない私にとって、最近の日本では駅や空港でも電話を探すだけでも一苦労。最近じゃーわざわざ目立たないところに設置しようとしてる風にも見えるのだが、ここフランクフルト空港ではしっかりここだぞ!とその存在感を主張していてくれた。まあ、実際に利用したわけではないので、使い勝手がどうだったかまでは言えないが、それでも電話機の下のところにちょこっと突き出した荷物置きがあったりと、クールな雰囲気は壊さずに気の利くところは利いているという感じだ。日本もこんな電話を導入してくれとは言わないが、もう少し公共の場で電話の所在がはっきりわかるように、そして一つ箇所に複数台置くよりも、そこそこ要所に分散して配置するようにしてもらいたいものである。
最後にもう一つ、公衆トイレについて触れておく。
アジア以外の海外を旅したことのある一般日本人男性ならば大抵経験したことあると思うのだが、男性用便器の位置がちょっと高いのだ。特にここフランクフルト空港の便器は左の写真からもわかるように便器が小さい上に受け口が上を向いてしまっていて、小用を足すのに微妙に背伸びが必要だった。とりあえず私は日本人平均身長はあるのでまだマシだが、160cm台の身長で足が短い人だとかなり大変だろう。というか、それよりも気になるのが子供はどうやっておしっこしてるのか?ということである。
しかし、このことを書いていてふと思い出したのが、「小便器は男の小宇宙である」という名言を呟かれた「家づくり、行ったり来たり」の garaikaさんである。彼はこれまでにも
・トイレ自慢──男性限定
・小用姿勢の問題を解決する便器
というエントリーで、そのエントリー内外に小便器文化論を飛び散らして来られているが、その中でも興味深かったのが、男が立って用を足すのはオスとして危機対応能力から来てるのではないか?という説である。この説は別のところにも飛び火して、男性機能の低下の要因に 「座り小便」 があるのでは?という話にまで展開し、すなわち立ち小便時の力む姿勢は「男」を強化するのに一役買ってるのではないか?という話にまで発展しているのである(後半の飛躍した文章はほとんど私の創作)。
それで私が思ったことというのは、日本人がこのフランクフルト空港の小便器を使えば更なる背伸び状態による力みも増して、すなわち更なる性能力の回復にも繋がり、昨今話題となりがちな少子化問題にも一役買うのではないか?ということである。
ただ、そんな私個人は日本が少子化していくことに賛成派なのであるが(汗)
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2006年03月07日 (火)
光庭も2回目の春を迎え(1回目)、だいぶ地に足付いてきたというか、植物がサイクルしていることを実感できるようになってきた。なんて言いながら、やっぱり一番目が向いてしまうのはこの時期だとユキノシタとフキである。嗚呼、天ぷらや〜(^^;)
しかし、我が実家ではキッチンの換気口が汚れるのを嫌って、天ぷらはおろか、油モノもほとんど作らなくなってしまった。まあ、それは三鷹に居た祖母が亡くなった頃から既にそうだったので、谷中に来て作らなくなったものでもないのだが。。
ときどき思うのが「揚げ屋」ってないものか?ということである。
庭先とか釣りに行ってでもいいけど、どこかで仕入れた食材を持参して、それを揚げてくれるお店。まあ、店の儲けは極めて低いだろうから絶対やるところないだろうけど、やれるとしたら食べ放題の串揚げ屋にこっそり食材持ち込んで揚げてしまうという方法か?(逆に私は食べ放題で食べきれなかった串をこっそり持ち帰ったことはあるけど)
光庭に話を戻すと、その他には万両が赤い実を付け、アオキや三鷹から持ち込んだ木イチゴ、英国青鈴も若々しい芽を出していた。木イチゴが実を付けるのが楽しみ♪
って結局また食べ物話題だが、広い庭のあった三鷹にいたときも愛着を持って接していたのは果物系の植物ばかりだったのである(笑)
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回数のカウントできなくなった前回の打合せをとりあえず40回?としていたので、今後はもう?を付けずにナンバリングしていくこととする。というわけで第41回。
今回は出張ついでの谷中滞在だったので、事前に豊田さんと会う約束を交わしていたわけでもなく(てか、上京する予定を誰かに知らせる余裕もなかった)、まあ、何となく谷中にいるので電話してみたら、じゃ、夜にでも会いましょうかという話になった。
何しろ実家から一番近くに住んでる建築家(直線距離だと satohshinyaさんの方が近いかもしれないけど)だけにこういうときの話は早い。結局夜10時にデニーズで待ち合わせて深夜2時近くまで喋ってしまった。
一応、打合せ的な話としては依然片の付いてない「エアカルテット」問題が話の主題となった。豊田さんには設備設計をお願いしている長田さんからのメールを一部プリントして持ってきていただいたのだが、まだ結論に至っていないので、このエントリーでのそれについての所感は控えておく。
ただ、一つ笑えたのがそのメールのプリント紙というか、メール上の長田さんの名前。長田さんにはブログで名前を出すことは了承済みなのだが、彼の名字は「おさだ」と読む。ところが、メーラーフォーマットをそのまま出力された印字を見ていると例の疑惑メールが喚起され、「長田」の「おさだ」という字の読みが「ながた」と読めてしまって、つい民主党の「永田」議員を思わずにはいられなくなってしまうのだ(笑)
別にこのブログで永田議員のことをどうこう書くつもりはないが、「情報」というものに対する大きな教訓のようなものを残してくれたことは確かだと思うので、その点において当ブログでも例えば「エアカルテット」に関する記述はそれなりに事実確認は取った上で慎重にエントリーしなければと思っている。私はブログという媒体は必ずしも公正でなければならないとは決して思っていないのだが、たまたま「住宅建築と施主」をテーマとしたこのブログの場合は、そのテーマに対する共有データベースとなることを企図しているものであるため、固有名を明記&リンクする代わりに、それに対するコメントが個人的な所感によるものなのか、二次情報なのか、あるいは噂話なのかといった情報の出所=ソースははっきりさせなければならないと考えている。
ちなみに豊田さんとは今回もまた耐震偽装の問題やら日本のポップスの話やらと話題は方々に飛んだが、まあ、その辺のところは二人の間のヒ・ミ・ツということにしておきたい。ただ、耐震強度偽装問題については永田議員のおかげでだいぶ影が薄くなってきてしまっているので、近々このブログでも初めて真正面から取り上げてみようと思う。
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2006年01月20日 (金)
「第33回打合せ」以降、私は豊田さんと2度しか会っていないが(そもそも去年は一泊以上の谷中滞在が2回しかなかったので)、実家の方で幾度かプチ打合せをしていたようなので、正確な打合せ回数がカウントできなくなってしまった。
というわけで、キリの良い数字を取り、おおよそ40回目の打合せである。
まあ、打合せといっても、そんな大袈裟なものではなく、どちらかというと友人とランチで雑談&近況報告でもする感覚に近い。
一応、打合せ的話題としては母から出された追加工事の希望案件について妥当性を検討したのと未修繕箇所の確認。そしてこれまでエントリーせずにいたが「黴の責任」の問題点が必ずしも住人の怠慢に因るものではなく、例のハイテク装置「エアカルテット」に対する認識不足から来ている可能性が高いという話など。この「エアカルテット」についてはエントリーを別にして一度しっかり書きたいと思う。
【母の希望案件:現段階での結論】
・2F 和室サッシに遮光フィルム貼り:網入りガラスを割れやすくするため保留
・タラップへと出るところに網戸:余計に出入りしにくくなるので保留
・玄関脇に散水栓:¥15,000- で追加工事
・玄関脇に防水用コンセント:理由不明により再確認
・玄関上部に防犯用センサー付スポットライト:市販のものの方が安い可能性大
・3F トップライトを開閉式に:約13万+工事費(要検討)
その他の雑談としては、やはりこのご時世、建築関係者と話せばお決まりの話題にもなった。もちろん姉歯氏のやったことに関しては論外というのが第一ではあるものの、心情的に理解できないところがないでもない。仕事をどの線まで受けるべきかという問題については私自身も改めて考えさせられる機会となった。
−初音すまい研究所、くいものや もへい
−11:00〜14:00
−豊田さん、私
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2005年09月02日 (金)
8月の電気ご使用量のお知らせが届いた。
例年よりもエアコンを多用した気がしていたので、それなりの出費は覚悟してたんだけど、4,898円/237kwh。想像(6,000円強)してたよりは全然少なくて済んでしまった。こんなことならばもっと使っててもよかったんだな〜とちょい後悔。
しかし、これはあくまで私と妻が暮らす大阪のマンションの話。
谷中の実家が幾らだったか?なんて怖くて聞けやしない聞けやしない(汗)
一度実家家族と我々を住居交換して、月の電気ガス水道料がどうなるのかを実験測定してみたいものである。
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2005年07月20日 (水)
「食洗機とトップライト」という個人ネタ(家族愚痴)エントリーに garaikaさんからTBいただいてちょっと恐縮気味なので、こちらでも食洗機談義に続編として触れておくこととする。というか、この際だからズバリその答えを書いてしまおう!
なーんて言うとずいぶん偉そうではあるが、その答えとは garaikaさんのTB元エントリーのタイトル「食洗機それぞれ」であることは間違いない。要するに各家庭によって向いている家もあればそうでない家もある。そこのところをしっかり事前に話し合って(見極めて)決めた答えならばそれは正しく、その意味で我が家の事例を誤ってしまったケースとして前のエントリーでは取り上げていた。
しかし、こうした設備機器類のあるなし論というのは結構ヒートアップしやすいもので、一度使ってその便利さを覚えてしまったものは「なぜ?勿体ない!」となるだろうし、使ってない側は使ってない側で色々屁理屈が出てくるものである。
そこに garaikaさんのようにかつて使っていた立場ながら「使わない」選択をされてるような存在が出てくるとまたひと味違うが、それでもこの件に関しての論議は「それぞれ」でよいのだと思う。
ちなみに私は使ってない側なので、使わない側の屁理屈を幾つか挙げてみると
- 溜めてから洗わないと勿体ないという食洗機だが、溜まる前に使い回したい食器がすぐに出て来てしまうことが予測できる。
- 省エネというが、どうも信じ切れない。
(というか自分たちの洗い方がかなり省エネ的なので、それに勝てるのか?) - そもそもあんまり皿を使ってない。
(買ってきた総菜をパックのまま食べてる実家の場合) - 食器くらい自分の手で洗ってないと手や脳が鈍りそう。
といった具合だが、この中でも最後に挙げた話はある種バリアフリー/アリー問題と通ずるところがあるだろう。だが、これもやはり考え方は「それぞれ」であり、逆の立場からすれば、そこは手荒れの解消と食器洗いの時間を他のことに有効に使えるとして、それが実践されているのであれば全く問題はないのだろう。
ただ、まあ、私はどうも葡萄の皮は自分の手で剥いて食べたいクチで、それと似たようなもんなのだろう。種なし葡萄なんてのも余計なお節介もいいところで、あの種の回りのぷにゅっとした部分を舌先を使って取り出して食べてこそ葡萄だと思うのだが、そう思うのは滅茶苦茶少数派なのかもしれない。が、それもまた良しという話である。
□◇
※)参照エントリー
便利なモノを通じて人間の能力論に展開してるエントリーにTB。
・ノアノア「カーナビと食洗機」
・Under the Bridge「物覚え・物忘れ」
・家づくり、行ったり来たり「便利な道具の是非論」
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