2006年04月25日 (火)

耐震強度偽装問題への提言4

このエントリーでは「耐震強度偽装問題への提言2」で書いた〈耐震建築が既に一つの「体制」として一人歩きし、産官学が民を顧みずに既得権益に預かろうとする図式(歴史)が成立してしまった〉ということに関して、もう一歩踏み込んだ具体論を展開しておく。本来「提言2」でそれは済ませておくべきだったのだが、毎度お馴染みの長文化が始まってたので、ちょいと遠慮すべき?という老婆心が働いてしまったのである。

さて、ここでは説明を簡素化するため、冒頭で引用した問題は「耐震既得権益問題」と名付けることとする。それでこの耐震既得権益問題で最初に検証としようと考えているのが一番意外に思われるかもしれない「学」の領域と耐震建築の関係についてである。

「学」の領域には研究者・開発者と並んで、建築家という若干特殊な職種も加えていいかもしれない。そんな彼らが耐震建築のどんな既得権益に固執するかというと、まず一つは彼らの惰性的習慣である。端的にいえば彼らは耐震建築で計画することに馴れ過ぎてしまってわざわざ新しいことに取り掛かる手間を嫌う。その手間は技術的な問題のみならず、法的な問題でより一層求められるから余計に鬱陶しく感じられるはずだ。
そして手間が掛かるということは、当然それはそのままコストに跳ね返ってくる。
それが「免震建築は高くつく」という業界の常識に繋がるわけだ。

他方で、今の話とはある意味では対照的なようにも見える話がもう一つある。
免震建築は「提言2」でも触れたように耐震建築に遅れを取ったものの、多田英之氏の著書の帯で免震建築においてはその〈能力を遺憾なく発揮するシステムが既に完成し、すべてのデータが公表されている〉とされるものにまでなっている。その技術的根拠については氏の著書等を手にしてほしいが、それに対して耐震建築は地震と構造物の関係を「みなし」としてしか計れず、依然として理論的な体系化ができていない。

このことによって何が生ずるかというと、耐震建築の方が永遠にその強度を高めるための細部の研究・開発が可能になるのである。そこにはもちろん研究者たちの研究心をくすぐる良い意味での開発意欲ももたらされるのであろうが、根源的なところではその研究や開発は対症療法・各論に過ぎない。多田氏の言葉を借りれば〈研究者が論文を書きやすい、ということのために「部分的」なものがずっとはびこってきた〉という事実は知っておかなければならない。無論これも研究費というコストと繋がる話である。

以上、一番意外な「学」の耐震既得権益問題を説明することで、残る「産官」の説明はさほどいらなくなっただろう。言うまでもなく、それらも手間の問題から免震を避けるか、コスト増という選択肢のみが「民」には与えられ、また耐震建築の非完結性を「不安」という煽りに置き換えて、安心のための強度=コストアップが図られていく。

つまり耐震建築というのは「産官学」どの領域にとっても非常に都合の良いアプリケーションなのだ。というか、逆にいえば既に体系として完成している免震建築が一般に流通し、生産ラインに乗るような事態となってしまったら、彼らは大きな金の儲け口(既得権益)を失ってしまうことになるのだ。そうならないためにも彼らにとっては「免震建築は高くつく」という幻想が一般市民に染み込んでいないとならない。

そうした「産官学」が既得権益にぶらさがって「民」を一向に顧みない状況を瓦解させるのに、今回の耐震強度偽装事件は多くのきっかけを与えてくれると思うのだ。

by m-louis : 2006.04.25 23:29
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2006年05月01日 05:09
耐震強度偽装問題への提言
excerpt: 耐震強度偽装問題を解決するための具体策として、被害マンション全戸免震化の再考を提言する。その根拠は本件の免震化を厳しいとする専門家の声にこそ、建築業界の歪...
weblog: 谷中M類栖
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weblog: ちはろぐ
comment

建築基準法というサイテーな法律が耐震建築(のみ)を広めている問題や、学者間の耐震vs免震についてはほぼ同意見です。(免震についても気に入らないところはありますが)

「産」についてなのですが、免震工法は「免震部材」という部品が必要であり、一部のメーカーの独占販売になります。一方耐震工法は「耐震補強材」が開発、販売されているものの、必須ではなく、汎用部材で造ることができます。
大きな金の儲け口が発生するのは免震工法の方であり、耐震工法では特定の企業が儲かる仕組みにはなっていないと思うのですが、いかがでしょうか。

by ちはる : 2006.04.26 06:07

>ちはるさん
このシリーズではほとんど多田英之氏の著作に情報を限定してエントリーしてるので、どうしても話の進行に偏りが出てしまうんですが、免震建築を耐震の対抗軸として持ち上げているのには、免震が耐震よりも優れているのだと言いたいわけではなく、庶民にとってどちらも普通に選択肢となり得るような状況が訪れてほしい、その希望においてこのシリーズを書き続けているというようなところがあります。少なくとも氏の著作を読んだ限りでは免震には多くの障害が立ちはだかっているように見えました。摂理

その上で「免震部材」のメーカー独占についてですが、即ち積層ゴムとか鋼棒ダンパーの話ですよね。多田氏の著作にはそうしたメーカーとの格闘の歴史も描かれています。何しろ免震建築は歴史が浅い上にその基底部分となる部材を作るのに従来ながらの建設業界とは関係の薄い業界との接触が不可避でした。ですので、そうした新顔のメーカーを業界内で信用持たせることが大変だったばかりではなく、逆にゴムなりダンパーなりを作ってもらうメーカーに免震建築のイロハを理解してもらうのも苦労があったようです。そうした中でどうにか実用可能なモデルを完成させ、評価を得始めたのも束の間、ゼネコン等からのパクリに会い、ニセモノの免震が「免震建築は安全だから高くつく」というねじれた折り紙を付けられて出回るようになってしまったのだそうです。

それで、ちはるさんのご質問に関してですが、ここからは私の推測になりますが、まず免震工法独特の免震部材については、その根幹となる部分であるだけに高額の印象を与えるかもしれませんが、実はちゃんとした生産ラインを完成させて、関連会社が競い合うようなものとなれば、そんなに「高くつく」ようなものではないと思うのです。それに免震建築といっても、例えばマンションを構成するほとんどの部材はこれまで耐震建築で使われてきたもので、ただ、それが耐震建築ほど頑丈でなくてもよいという話ですよね。なので、基本的な部分では耐震建築で関連してきた企業に仕事が回らなくなるというようなことはないと思います。というか、これまで不安を煽ることで天井なし状態だった耐震強化部材が、免震だと天井ラインを見せられてしまうので、これまでそれでボッてきた企業の目論見が外れるというところはありますよね。

今回の耐震強度偽装事件ではヘタをするとその不安を煽られた形で一般市民に「構造が高くつく」のはしょうがないというイメージを与えてしまう可能性がありますよね?

私はちゃんとした原理・節理に基づいて作られたものが場合によっては市場独占という形になることはやむを得ないのではないかと考えています。それよりは不正なやり方を正当化してがっぽりという方をどうにかしてほしい。小泉政治がその傾向を加速させたようにも見えますが、まあ、それをどう見極めるかという問題は置いておくとして。。

by m-louis : 2006.04.27 01:34









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