2005年08月15日 (月)

灰塚ダム試験湛水

HAIZUKA DAM TESTING

この画像は見る人が見るとそれなりにショックの大きな画像のはずだ。
広島県北の山間部で進行する洪水調整用のダム建設計画に伴い、<ダム周辺環境整備にかかわる広大なエリアを、自然と文化の調和した永続的な魅力を持った「環境美術圏」にさせていく試みとして>1994年から2002年まで灰塚アースワークプロジェクトなるアートプロジェクトが行われていた。1995年に初めてそのプロジェクトに参加した私は1998年からは Web構築係として関わっていた(実はコンテンツのベースとなる部分が1998年当時作ったもののまんまなんで、URL 晒すのはかなり恥ずかしいんですが...モニタサイズ 800×600 照準で作られちゃってるし)。

プロジェクト参加当時はここにダムなんてホンマに出来るんかい?という暢気なものだったが行政のハード事業というのはよほどの反対でもない限り、スケジュール通り着々と進んでいくもので、当初から予定された2006年には灰塚一帯は完全にダムの底に沈むことになりそうだ。というよりも、写真で見てわかるように2005年夏の段階で試験湛水も行われ、ダム機能は貯水を待つばかりの状況なのだ。

ちなみにアースワークプロジェクトの方はダムのまたがる三良坂町・吉舎町・総領町の3つの町が全国規模で広がる市への合併の波に呑み込まれ、それぞれ管轄が自立できなくなってしまったため、2002年を以て一旦休止状態になってしまった。その後、NPO 化の話なども出ているのだが、今のところはっきりとした動きは見えない(ただ、事務局が Web を残しておく意志だけは持っているので、今後何かしらの展開が期待できないこともないだろう)。

ところでこの3町のうちの総領町というのが、私の妻の生まれ故郷であり、つまり私はこのプロジェクトにたまたまバイトで駆り出されていた妻とこの地で出会ったという訳だ。ちなみに田植えで帰省した折、妻の実家でこのダム建設計画の直接の原因となった1972年の大洪水の話になり(それは当時7歳だった妻にとってはハッキリ記憶に残っている人生最初の大災害だったようだが)、考えてみればその洪水がなければダム建設計画もなかったかもしれず、ということは灰塚アースワークプロジェクトも当然なくて私と妻が出会うこともなかった。そして、そんなことを話しているその瞬間その空間もそこにはなく、妻と不思議な気分に陥っていたものだ。

9.11(なんちゅー日を選んでるんだよ!)の衆議院総選挙では、この袂を分けた3町を含む広島6区がホリエモンvs亀井静香の対決によって全国でもっとも注目を集める選挙区となることだろう。だが、そんなことはお構いなしに灰塚ダム建設工事は静かに完成の日を迎えることになりそうだ。

ちなみに冒頭の写真はハイヅカ湖畔の森のコテージから撮影している。

by m-louis : 2005.08.15 15:39
comment

ショックですよ。ダム。。。こんなに本気でダムを作るなんて。なんて遅れた国なんだろう。。。でも、ダムがなければ伴侶と出会えなかったm-louisさんを思うと人生は複雑です:)

by mitsubako : 2005.08.22 11:01

>mitsubakoさん

正直なところ、サマーキャンプの期間中など、ダムのリアリティってそんなにはなかったですからね。でも、それは私たちが関わり始めた頃には住民の反対の声がほとんど聞かれなくなってしまっていたのでやむを得ないのではないかと思います。

でも、リアリティが薄かったからこそ、知ってる風景が急に変わるとそのショックも大きいような気がします。覚悟できてない状態で誰かの死を唐突に知らされたみたいな感じで。。

by m-louis : 2005.08.23 02:31









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