畳搬入+工事

できれば建築写真撮影(※) のときに張れていれば申し分なかったのだが、7/22(木) と聞いていた畳屋さんの工事は2日早いこの日の夕方に行われた。

第1回引越(※) 後の昨晩から谷中に寝泊まりしていたのは私だけだったので、畳屋さんが来られてから慌てて2F和室の荷物を別のところに退ける。ただ、不幸にもというべきか幸運にもというべきか、昨日の引越屋の荷物の運び順がまずかったおかげで、2F和室にはそれほどモノがなく、私一人でも割合簡単にすぐ畳工事に入れる状態にすることができた。

工事には森田畳店という西日暮里の畳工事専門店の方が二人来られ、如何にも職人気質という雰囲気の二人は黙々と畳張り作業を進め、正味一時間もしないうちに張り終えて帰られてしまった。

イ草の匂いが漂うと途端に新築って気分が高まりますな。新築というか新しいところに引っ越したあとの気分というか、、しかし、このせっかくの新調畳に背中が汗だくなのも忘れごろんと寝ころんだ私はさっそく畳に汗染みを付けてしまうのであります。

by m-louis : 16:47 | comments (0) | trackbacks (0)

2004年07月19日 (月)

引越1回目

今回、主に父主導の判断で、我が家が2回(結果的には3回)に分けて引越をすることになったのには大きく3つの理由が挙げられる。

1)三鷹金猊居→仮住居への引越時も2度業者に頼むことになった。
2)仮住居から大きな家具類を出さないことには荷詰めするスペースが作れない。
3)市の規定で粗大ゴミや不燃物をいっぺんに一定量以上出すことが出来ない。

以上のことから引越業者2社と6月中旬に見積もり交渉。最終的には2社のうちで安い見積もりを出してきた方(父の弁では前回の引越時に母が推していた方)を選んだらしいのだが、竣工予定日から約2週間後の本日を1回目、そしてその1週間後にもう一回という形で2回分まとめて予約を入れたことが、結果的には二つの面で良くも悪くも働いてしまった。

by m-louis : 08:30 | comments (0) | trackbacks (0)

2004年07月18日 (日)

引越1回目前日

引越を翌日に控え、この日はデジカメで何か撮ってる余裕など全くなかろうと、谷中に置いて行ってしまったのだが、今にして思えばちょっとした休憩中でも撮ることはできたのだから、作業時刻の記録装置という意味でもやはり持参すべきだった。

ともあれ、この日の作業は我ら夫婦は仮住居に到着して一息入れさせてもらい、11時前くらいからスタート。夕方くらいまではトランクルームの整理、その後、仮住居に戻って主に2Fの段ボール群の分類やフトンの圧縮し直しなどする。当初の予定では夜に妻だけ谷中に戻るという話だったが、結局時間も遅くなってしまって妻も仮住居でこのまま一夜を過ごした方がいいという話になって行った。

ただ、今回の引越は最初から2回することを想定しているせいか、どこか皆まだ余裕があるというか、気の弛みみたいなものがあって、まさかこの日行くとは思ってなかったのだが、父の提案でお昼には父・妻・私の三人で妻が以前から何度か憧れを口にしていたレッドロブスターに行ってみたり、夜は夜で下連雀の弁当屋「いと半」の名物チキン南蛮やレヴェのショートケーキを買ってきて、この家では滅多にない団欒のひとときを過ごしたり。ヘンに優雅な一日だった。それにしても父がまったく別の話題をしてる最中、妻に向かって突然「な? いと半のチキン南蛮美味いだろ? 昔は胸肉使ってて大したことないと思ってたんだけど、腿肉使うようになってからはそんじょそこらの店で食べるより数倍美味い」と言い出したのには、いつものよくある話といえばそうなのだが、疲れた中でもたっぷり笑わせてもらった。

トランクルームでは主に私は祖父作成家具の梱包と段ボールの最終整理をし、妻にはその処理に一番困っていた三鷹金猊居から持ち込んだ天井板のキレイなのを8枚ピックアップし、それを近くの公園まで持って行き拭き掃除するという作業をお願いした。60年分の埃の溜まった天井板だけにさぞかし大変だったことだろう。

仮住居の方では母+妹は1Fで作業をしていたが、1、2Fで完全分業となっていたため(母の希望により)、彼女らの作業内容まではわからない。父はすでに自分の部屋の整理は概ね終えていたので、役所のゴミ出し日チェックやその他の交渉等、どちらかといえば事務的なことをやっていた。

この日、母は徹夜したそうだが、母以外は翌日に備え、ある程度の睡眠は取った。

by m-louis : 11:00 | comments (0) | trackbacks (0)

初めての朝@谷中

040718_morningbed.jpg妻は母のムアツふとんで、私は父のベッド(※) で寝た谷中初日の夜。エアコンが苦手な我々は当然窓という窓を開け放し、風通しを良くして眠ったのだが、一乗寺側窓が足下まで開く母の部屋は想像通り最高の風通しだったが、父の部屋は母の部屋との間の仕切戸を開けていたとしてもいまいち風の抜けが悪く空気が籠もりがちで、妻に較べ私は寝苦しい夜を過ごすことになった(右の写真は一回目の引越が終わった後のものだが手前が母のムアツふとん、奥が父のベッド)。

ただ、明け方、先に目覚めたのは妻。というのもまだカーテンが付いていないため、足下まで窓全開の母の部屋は朝日も見事全開に差し込んでくるのだ。ふと私が目を覚ましたとき、隣のムアツふとんで寝ているはずの妻の姿がなく、びっくりして部屋を出たら脱衣室の引き戸を閉じて光を遮り、床の上で寝ていたのである(笑)

車の騒音の方は、4車線の谷町筋に面したところに住む騒音馴れした我々ゆえか、音が近いという感じはあるものの、寝られなくなるほど気になるというでもなかった。

おそらくこの日、谷中に戻ってくることはないだろうとの予測のもと、引越屋がいつ来てもよい状態にまで全階整理をし、それと各階の写真を幾ばくか撮って、9時前に谷中を出た。もちろん行き先は引越を翌日に控える三鷹仮住居。だが、主に我々の準備作業はトランクルームの方で行われることになるだろう。ちなみにこの日の起床時刻は6時半。ふだんの私の就寝時間。

by m-louis : 06:59 | comments (0) | trackbacks (0)

2004年07月17日 (土)

初風呂 i-bath2003

初風呂初寝泊まりの晩に入った風呂は当然初風呂となる。何となく、我々夫婦がそこに実際に住む家族よりも先に風呂に入ってしまうことがしのびないような気持ちがないことはなかったが、とりあえず夕方に妹がシャワーだけ浴びたと聞いていたので、そのことが自分たちの負い目を和らげる良い言い訳とはなっていた。

で、風呂の入り心地だが、ケチケチ夫婦の我々は当然湯量を真ん中線よりも2つ下に設定。それでも寝ころび気味に入れば充分胸元までお湯は来る。そんな INAXi-bath2003』でまず最も心地よさを体感したのは湯船の丸味だろうか。何というか背中で凭れて両腕を広げるとちょうど体のラインに湯船の丸味がフィットしてのんびり優雅な気分を味わえるのである。それから片側が腰湯できる状態になっているのものぼせやすい人には嬉しいところだろう。ただ、我々の場合、湯量が少ないので二人で入ってないと足しか漬かれない状態にはなってしまうが。。

洗い場の方はこの日はまだ座椅子がない状態だったので、サーモフロアの床に直座りだったのだが、床表面に設けられた独自の断熱層があることによってか足裏には良いがお尻にはちょっとざらざら痛い感じがする。まあ、座椅子が入ればお尻で触れることもそうはないだろうから、その点ではあまり気にするところでもないのだろうが、ただ、風呂から出る前に軽く拭き掃除をしたときにもそのざらつきは拭きにくいなという感じがあった。ちなみに肝心のサーモフロアの機能についてはさすがに夜になっても暑苦しい夏の盛りでは判断のしようがない。

他にケチを付けるとするなら、シャワーノブを壁に掛けておく場所が2箇所固定で、その下側の方が少し低すぎるかな〜という印象。それと1620サイズは大きくて気持ちいい代わりに掃除が大変。もともと掃除を怠りがちな実家家族なだけにその辺は大いに心配である。

by m-louis : 22:30 | comments (0) | trackbacks (0)
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