2005年05月07日 (土)

新桜宮橋のゴンドラ

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春には桜の通り抜けで賑わう大阪造幣局すぐ脇の大川に架かる桜宮橋の並びにもう一本、新桜宮橋の建設工事が始まっている。どうせなら桜のシーズンが終わってから工事始めりゃいいのに(三脚立てて一生懸命桜撮ってるカメラオジサンたちをがっかりさせないためにも)とも思ったが、まあ、世の中そんな風流には付き合ってくれないものである(工事は2005年1月25日から着手)。

050507_gondola.jpgで、つい先日その新設工事の行われている隣の元からある桜宮橋(通称:銀橋)をいつものように自転車で通ったら、新桜宮橋のアーチ部分がまるで観覧車のゴンドラのようになっていて、そのただならぬ様子に思わず私もカメラオジサンになってしまった。いや、まあ、三脚までは立ててませんが(笑)
もちろんベニア材で囲われた仮設部分はいずれ取り払われてしまうのだろうが、ちょっとそこに何が出来るのかは興味深い。

と思ってネット検索してみると「銀橋ホームページ」というサイトが国交省の管轄で出来ていて「デザインは市民の皆さんからいただいた意見を参考にして、有識者からなる新桜宮橋デザイン検討委員会によって決めました。この委員会メンバーには、建築家の安藤忠雄先生にも務めていただきました。市民の皆様の意見では、約4分の3の方が、今の銀橋と同じ型がいいと答えていることを踏まえ、アーチ橋にすることになりました。」(ラジオ大阪「大阪のみち なにわのみち」より)とのこと。

050509_osakajo.jpgとりあえずその仮設ゴンドラが取れるとどんなアーチになるのかは乞うご期待といったところだが、ふだん最寄りのJR環状線桜ノ宮駅へ行くのに桜宮橋の一つ上手にある源八橋を渡る私の身勝手を言えば、源八橋から大阪城を望むのに視覚上邪魔になるようなものになって欲しくないというのが第一。あとはダブルアーチで道路拡張することによって国道1号線を挟んで造幣局の向かいにある泉布観(1871年トーマス・J・ウォートルス設計)の敷地が狭まらないことを祈るばかりである。泉布観は建物もいいが、それ以上に裏寂れた敷地に木々が鬱そうと生い茂るあの日陰感が心地よいのである。

2005年05月06日 (金)

騒音って慣れるもの?

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田植え」のエントリーコメントでカエルの騒音話になったついでに、実家の交通騒音に対するその後の話をレポートしておこう。

家の前の言問通りがあの界隈で東西に抜ける唯一の抜け道となっているため交通量が多く、騒音が激しいことは上棟前の「現地ノイズ調査」のエントリーで取り上げた。
また引き渡し後の「一週間住んでみて」というエントリーでも実家家族全員が車の騒音に悩まされているということについても触れた。

が、今ではもうほとんど騒音が気にならないものになってしまったらしい(汗)
まあ、私から見れば以前の線路から100mと離れていない仮住居での電車騒音をモノともしてなかっただけに、谷中の騒音の方がよほど軽いと思っていたのだが、結局のところは慣れの問題というしかないのだろう。私も妻の実家で初めて寝泊まりした頃はカエルの鳴き声(昼版.wav[65KB]夜版.wav[245KB])があまりにうるさくてなかなか寝付けなかったし、それから大阪に越してきたばかりの頃は朝っぱらから始まるクマゼミの鳴き声に毎朝吃驚させられていたものだ(関東はアブラゼミやミンミンゼミが主流でクマゼミはほとんどいないのである)。

by m-louis : 23:59 | comments (2) | trackbacks (1)

2005年05月04日 (水)

田植え

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前回の「苗代」エントリーに続き、GWを利用して田植えの手伝いに行ってきました。
田植えは苗代と違って誰でも知ってそうな言葉ですが、試しにヤフー辞書検索すると

田植え(たうえ/たうゑ)苗代で育てた稲の苗を水田に移し植えること。[季]初夏。

と出て来ます。が、これだけでは物足りないので知恵蔵からも引用してみました。

田植え(文化-日本食文化考・米)昭和40年代に田植え機が普及してから、家族・親戚総動員しての田植えという風景は見られなくなった。そして、田植えの後、酒を酌み交わし、労働をねぎらう「さなぶり」も姿を消した。種籾を直接水田にまけば、「苗代」での苗作りや田植えという煩雑な作業は不要であるにも関わらず、田植えがおこなわれてきたのは、雑草対策である。「代掻(しろか)き」をして田んぼを平らにすると同時に、芽吹いた雑草を土の中にすきこんで殺す。雑草が一時的になくなった水田に苗代で育てた稲の苗を植えることで、初期の成長を容易にする。しかし、水田といえども、雑草の成長は早く、田植え後の「一番草」「二番草」「三番草」と呼ばれた手取り除草は農家にとって辛い作業だったが、除草剤の登場とともに、田んぼで「中耕除草機」を押す農民の姿は見えなくなった。
どことなくその変遷が村人総出で手伝いに来た時代の家づくりを連想させます。「さなぶり」は云わば「棟上げ」にあたる行事だったのでしょう。しかし、近代化の波は過疎村の隅まで行き届き、我が実家の田植えもその例に漏れず、ほとんどの部分は田植機がやってしまい、手伝いといえば田植機に苗を移すとか運ぶとかその程度のものでした。

冒頭の画像は「苗代」のエントリー最初に見せた2002年時の画像とほぼ同じ田植え前日のまだビニールハウスが取り払われていない時点での苗の様子です。

2005年05月02日 (月)

英国青鈴の迂回人生

030421_ebbell.jpg2002年10月の三鷹金猊居解体後、なぎ倒された家の破片も片付けられ、地均しされた土地を見に行ったとき、そこで木屑の混ざった土の表面に豆粒大の膠色の球根のようなものがめり込んでいるのを見つけ、そっとポケットに忍ばせて大阪に持ち帰りました。そのときは何の球根だろう?と妻と首を傾げていたのですが、妻が植木鉢に植えておいたら翌年の春には青い芽を出して、ちょうど今頃、見事な紫色の花を咲かせてくれました。もちろん三鷹の庭に生えていた見覚えのある花です。

そして去年もちゃんと咲いたのですが、去年の今頃ちょうど私は実家の工事で慌ただしく上京を繰り返していたので花の咲くところを見ることができず。ただ、去年その花が枯れてから妻がちゃんと手入れをしておいてくれたおかげで、球根の数は結構な数になってました。

by m-louis : 03:52 | comments (0) | trackbacks (0)

2005年05月01日 (日)

検索ワード解析2005前期

忍者ツールズのアクセス解析が無料利用だと4ヶ月分しか保存できないので、ここでまた「検索ワード」の解析結果をまとめてみた。
前回まとめたのが2004年9月17日〜12月31日分の解析結果。今後も年3回4ヶ月置きに前・中・後期という形でまとめてみようかと考えている。

  • 上棟式 4.9%    ←  上棟式 4.9%
  • DIY 4.3%     ←  藤森照信 2.5%
  • 上棟式挨拶 3.4%  ←  無印良品 2.4%
  • 丹下健三 1.9%   ←  DIY 1.8%
  • 無印良品 1.8%   ←  挨拶 1.7%
  • 谷中 1.3%     ←  サーモフロア 1.6%
  • ファサード 1%   ←  谷中 1.5%
  • 電動自転車 1%   ←  上棟式挨拶 1.2%
  • 止水板 0.9%    ←  不忍池 1.1%
  • 家具 0.8%     ←  取っ手 1%

以上の推移を見ると前回2位だった「藤森照信」が25位までランクダウンして「丹下健三」が4位にランクインしているのが何とも興味深い。丹下氏の場合、訃報ニュースのエントリーで言わずもがな(それも短期間のうちで)だが、同エントリーにも名前を出してた藤森氏のランクダウンは前回が「スロー建築のススメ」というTV番組告知でエントリーしてただけに、如何にTVの影響力が未だ根強いものかということを如実に示している。ついでに如何に飽きっぽいかということも(汗)

しかし、前回に続いて「上棟式」「上棟式挨拶」が依然として高順位に来てるってのはやっぱり施主はまず挨拶言葉で悩むんですな。しかし、私の挨拶はものの見事な失敗事例なんで、訪問者は来なきゃよかったと後悔するか、あるいは長いのはやめとこうと再確認していくか、ひとまず後者が教訓になっていけば私の失敗も無駄ではなかったということになりそうです(笑)

by m-louis : 01:36 | comments (0) | trackbacks (0)
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