2006年02月10日 (金)

暖簾の力

暖簾アリ暖簾ナシ先月、カメラ購入直後にウィルス性結膜炎に掛かってカメラのファインダーが覗けなくなるという間抜けな出来事があった。眼科医からは感染の可能性もあるので、なるべく家族に近づくな!タオル等同じモノは一切使うな!と厳しく言いつけられ、ちょっとした家庭内隔離状態になっていた。

そんな最中、私たち夫婦は思わぬものの威力を実感することとなる。
それは私が2000年10月に京都のトレゾーアーツという雑貨ギャラリーで「おらないがみ」という展示をしたとき、妻がギャラリーの入り口用にと作ってくれた暖簾である。
展示が終わってからは、自分たちの住むマンションの廊下からリビングへの扉の手前側にずっと掛けていたのだが、そこを通り抜ける度に必ず顔が生地に当たるのである。つまりは暖簾もタオル等の共有物の一つに入って来るでは?ということで取り外さねばならなくなってしまったのである。

その外した場合掛けてる場合の様子が右上の2枚の写真。写真ではおそらく大した差は感じられないだろうが、我々にとってはそこに暖簾があるのとないのではもう全く世界が違った。というか、外すともうそこは自分たちの家ではない!って言いたくなるくらいの違和感を覚えてしまったのである。そして、その違和感は結膜炎が完治するまでの約一週間、拭えぬままだった。1ヶ月だったらさすがに慣れてたかもしれんが。。

高が布切れ一枚。それも薄くて向こうが透き通しで見えるくらいのもんなんだが、その存在感や絶大である。我が家ではその扉を開けっ放しにしてる時間の方が圧倒的に長いので、扉以上に部屋の輪郭としての仕切りとしての機能を果たしていたのだろう。

by m-louis : 23:45 | comments (4) | trackbacks (0)
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