内表紙を捲ると琵琶湖水流図と琵琶湖面の写真。さらにもう1ページ捲ると近江八幡の
水郷地帯に残るヨシの集積場の写真が出てくる。朝靄の中といったところだろうか──その薄暗い集積場に葦の束ねられた写真に私は早速ノックダウンを喰らってしまった。
177ページには水郷巡りのときにその名を知ったカイツブリもしっかり載っていた。冒頭の写真は今森氏の写真には遠く及ばないが、水郷巡りの船から撮影したカイツブリである。「ヨシ原の際に巣をつくるカイツブリは、天真爛漫のように見えるが、わずかな風のそよぎにも敏感に反応して首をキョロキョロさせている。絶えず周りに聞き耳を立て、一瞬たりとも警戒を緩めない」とあるように、船からある一定の距離離れたところで潜っては浮き、潜っては浮きして、餌を探し求めていた。
その点、カモは人懐っこかった。
右上写真の一輪のカモはしばらく船の前を航路を案内するかのようにぷかぷか泳いでいたし、左の写真のカモたちは船がすぐ真横を通過しても飛んでるんだか跳ねてるんだかという感じでギャーギャーと井戸端会議でもしてるような雰囲気だった。
81ページには琵琶湖西岸にある針江大川河口の船着き場に集まる鳥たちが皆人懐っこいと書かれている。琵琶湖東で人懐っこいのはカモだけだったが、西の船着き場ではカモ以外の鳥たちも人懐っこい表情を見せるらしい。まだ琵琶湖の西側はあまり攻めてないので、この本を便りに琵琶湖西岸域の旅程も組んで行きたいものである。
ところでこの本の著者であり写真家でもある今森光彦氏のことを、私は氏が『昆虫記』という大型本を上梓されたときから知っていた。アマゾンで発売年をチェックすると1988年。私が高校生のときだったわけだが、当時、昆虫図鑑といえば写真ではなく絵で描かれたものが主流だったので、その生写真版が出たということでちょっとした話題となり、私も吉祥寺のロンロンの本屋で何度も立ち読みしたことを覚えている。
ただ、買うことはなかった。まず高校生だった私にとって3000円の書籍というのはちょっと手を出すには高値過ぎたというのが第一。また、その頃あたりから私の興味・関心は美術や建築といった文化的なものにシフトチェンジし始め、昆虫への思い入れが薄らぎ始めていた頃でもあった。そしてもう一つ買わなかった理由はおそらくその昆虫生写真が当時の私には少々リアル過ぎたのである。
人の顔同様、昆虫だって左右の形状が100%対称形である虫なんてどこにもいない。ところが従来型の昆虫図版に馴れてしまっていた私の目にはそれらの非対称が何ともグロテスクに映っていたのだろう。今の私であれば、むしろそうしたリアリティの方こそを求めるか、あるいは絵なら絵でとことんデフォルメされるかティピカルなものを喜びそうだが、当時の私はその辺でまだまだ初心な純情少年だったのである。
ただ、『今森光彦・昆虫記』を買わなかったことが心の奥底でずーっと引っ掛かっていたのも事実である。そうでなければ今回わきたさんからいただいたプレゼントに「今森光彦」という名前を見つけて、すぐにハッとすることもなかっただろう。17年前の躊躇が琵琶湖のカイツブリと共に浮いて来ようとしているようだ。
50,001をゲットされた AKiさんも aki's STOCKTAKING「藍い宇宙 / 琵琶湖水系をめぐる」で本が届いたことを報告されている。
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