July 02, 2005
高過庵とスナフキン
まず「高過庵」へこれから行ってみたいと思っている人たちのために書いておく。
高過庵に行くには「神長官守矢史料館」を目指せばよい。茅野駅から「宮川高部の〜」とでも言い添えてタクシー運転手に話せば、大抵のタクシーは連れて行ってくれるはずだ。ただ、宮川高部で帰りのタクシーを拾うのは難しいかもしれないので、待機してもらうか事前にタクシー会社の電話番号を控えておいた方がよいだろう。
そして高過庵は神長官守矢史料館入口付近からは見えないが(※1)、史料館右手30m先くらいのところにある舗装された道に出れば、山の方にぽつんと浮かび上がってるのが確認できるはずだ。または史料館で場所を聞けば、説明好きな館長さんがいつでも気さくに教えてくれることだろう。私たちに対してもそうだったが、ネット上でも館長さんの親切な人柄については多くのサイトで触れられている。
ちなみに母と私は史料館に来るのは2回目。
ところが諏訪在住の善n叔父さんはこうした施設があることすらご存知なく(後でお会いした奥様は学校の先生をされてるだけに知っていたが、地元ではあまり知られていないのだろうか?)、それで高過庵に向かう前にまずは史料館に入館した。そこで館長さんから高過庵の場所を聞いて、上記のように舗装道路に出て行くか(車でも行ける)、あるいは畑の中を強引に直進するかの方法を教わった訳だが、ここは年配者二人に合わせて舗装道路迂回順路で行くことになった。
ところで「そんないざ行かん!」とする直前に私は史料館の中で高過庵の姿を見つけてしまったのである。
何と!高過庵は史料館のトイレから窓越しに見えるのだ♪
人見知りがちで、高過庵の場所を誰にも聞く勇気が持てない人(世話好きの館長さんと話さないということの方が難しそうだが)とか、窓越しの写真を撮るのが好きな方は、用がなくともまずは史料館でトイレに入ることをオススメしておく。
さて、その高過庵は史料館から歩いて2,3分程度のところにある。
NHK-ETV特集「スロー建築のススメ 〜藤森照信流 家の作り方〜」のビデオで予習した通り、のどかな田園風景を横目に赤瀬川原平氏と南伸坊氏がスローブ状のゆったり上がる坂道を藤森照信氏に案内されながら上っていく光景そのままだった。
で、いよいよ高過庵を目の前にしたとき、最初の印象が「アレ?思ったほど高過ぎないぞ!」だったのにはちょっと拍子抜けした(笑)
遠くから見ていたときは手前の草で足下が隠れて高さが掴めないままだったのが、遮るものもなくなりスーッと目の前に立ち現れた瞬間、あまり高さを感じなかったのは箱部分のボリュームが思ってた以上に大きかったせいかもしれない。
よく頭でっかちだとチビに見えるというではないか!?
この日の天気はうっすら青空が見える程度で、写真日和とは言えなかった。それでもなるべく色んな角度からデジカメで撮っておきたいと撮影始めて間もなく、善n叔父さんと母はもう来た道をスタスタと帰路につき始めているのである(汗)
そんな訳で私は思うままに撮影することも叶わず、あとを追ったのであったが、その追い掛け始めて高過庵の方に目をやった瞬間、最初は頭でっかちだという風に見てしまっていた高過庵が、とある男の顔とダブって見えてしまったのである。
それはあまりに如何にもなイメージなのだが、タイトルでも既に書いたようにムーミンに出てくるスナフキン。帽子の色は違うけど、こうして見較べてみると目(窓)の感じなんてそっくりじゃないだろうか? 藤森さんの作品って兎角ジブリ作品と並べて語られがちのようだけど、実はムーミン谷の世界観の方が近いんじゃないか?と一つ発見したつもりになって、帰阪してから「藤森照信 ムーミン」で検索してみると、それなりに出て来てしまってちょっとがっくり(泪)
まあ、「高過庵 スナフキン」では何も出て来なかったので、ひょっとしたらそれは第一発見者かもしれないが(笑)
ETV特集では赤瀬川さんが「ゴンドラのように揺れるね」と言われていたが、下から見ている限りではそんなに揺れてる感じはなかった。
それにしても番組内で赤瀬川さんはやたらと寝転びながら擬音語にしづらい呻き声を出してたけど、あれはやっぱり老人力ならぬ老人声ってヤツなんだろうか?(汗)
このエントリーを書いている最中、藤森さんが高過庵の次に同じ敷地内に「低過庵」を計画していることを知り、そのプランが紹介されてる「GA HOUSE No.86」をチェックしてきたが、そこで彼が書いていることって、私が「諏訪の宅地」で妄想していることに若干似ていて、結構「げげげ」なのであった(汗)
□◇
※1)高過庵は神長官守矢史料館入口付近からは見えない
私が見たときには高過庵の手前の緑が生い茂りすぎていたせいか確認できなかったが、Ranch Girl in the kitchen「2005年5月4日の日記」によると、館長さんが場所を直接示してくれたらしいので、見えているのかもしれない。
※)その他の関連記事
・藤森研究室「高過庵」: 外内観写真+図面+コメント+建築情報
・新建築2004年9月号「高過庵」: 写真+建築情報
・JA56号「高過庵」: 写真+建築情報
・石山修武 世田谷村日記「2004年十一月二十八日 日曜日」: 藤森さんに呼ばれてレポ
・風に吹かれて「高過庵 2」: 藤森さんと一緒の訪問レポート+青空写真
・aki's STOCKTAKING「F教授の.........」: 秋山さんの見学所感
・見もの・読みもの日記「おじさん少年・藤森照信と仲間たち」: ETV特集見ての所感
・Nakatani's Blography「高過庵 建築見ずに ただ遊ぶ」: 中谷礼仁氏の見学レポ
・Nakatani seminar「『高過庵』訪問記 大公開」: 中谷ゼミ生訪問記+スケッチ
・omolo.com「news: 2005/07/12 (Tue)」: 高過庵に糸電話(?)
by m-louis : July 2, 2005 10:58 PM
excerpt: 「元祖 野蛮ギャルド建築〜藤森照信の世界〜」10月15日〜11月23日 所在地 長野県茅野市宮川389-1 JR茅野駅下車からバス,高部バス停から徒歩3分入館料大人100円,高校生70円,小中学生50円休館日 月曜日開館時間 9時〜4時30分 いわゆる建築探偵 藤森照信氏が故郷に建...
weblog: 風のまにまに(by ironsand)
M類栖さんのコメントを読んで、韓国に行ったときの出来事を思い出してしまいました。
日本の神社、つまり日本において神を祀る場所は、山の頂上など高い場所にするのが通常のようですね。しかしお隣韓国においては、神は窪地や低地など低いところに祀るのが通常のようなんですね。
韓国へ旅行したとき、ふと目にした神社(韓国ではそう呼ばないかもしれないが)が、他の宅地より低いところにあるんですね。不思議に思い、同行していた韓国人の知人に聞いたところ、そのような話をしてくれました。
”高床式と竪穴式” ”高過庵と低過庵”・・
地上と地下・・安住できる空間って人間も神様も意外と同じなのかもしれませんね(笑)
・・
スナフキンには参りましたけど、ホント、そうだ!あの画像好きですよ!!!
それにしても、一度は見に行ってみたいです。昔佐藤さとるさんだったと思うのですが、絵本で「大きい木に住みたいな」だったかな?少年が木の上に住む話しを読んだ記憶があるのです。はるか昔、昔です。それを思い出しました。もしかするとどこかに絵本があるはずなので探してみます。
>金平糖さん
韓国は私はトランジットで立ち寄るソウルしか行ったことないのですが、一度、地方を回ってみたいなとは思っています。というのも日本と最も近しいアジアの文化圏にあるだけに、逆にその土壌に根付いた暮らし方の違いを見てみたいんですよね。私はキム・キドクという韓国の映画監督が好きなんですが、彼が地方を撮った映画も何となく低さの印象が強いです。
ただ、高過庵に関して安住できるかは私は中に入った訳ではないのでよくはわかりません。
と言いますか、今回のエントリーにあたっていろいろ検索掛けてたら、以下のような批判的な見解もありました。
http://diary.tea-nifty.com/blog/2004/11/post_4.html
まあ、私の場合は「倒れる時は、みんな一緒だよ」という藤森さんに「らしさ」を感じてしまえる方なんですが。。
>mitsubakoさん
えーっと、あの「あの画像」とは??=Flickr! でしょうか?(^^;)
佐藤さとるさんの絵本ってのは知らなかったのですが、アマゾンで検索したらたぶんこれでは?ってのが出て来ましたよ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/403330150X/
それとこれは mitsubakoさんに対してという訳ではないのですが、「高過庵」に関する各種レポなどを読んでると「樹上の家」という表現がよく出てきます。でも、これってビミョーに違うと思うんですよね。あの茶室を支えてる2本の栗の木は山から切り出してきて、曲がりなりにも基礎工事もして建てられた立派な建材=材木です。つまり、自然に生えている「木=樹」の上に立ってるわけじゃないんですよね。ただ、私はここの部分が藤森建築のかなりミソな部分じゃないかと思ってまして、それについては一応一つ前の「神長官守矢史料館とトンボ」のエントリーで触れているつもりです。
http://yanaka.m-louis.org/blog/000586.php
私が行ったのは一年ほど前、まだ建築雑誌等に公表される以前でした。そんな公表前の人様の仕事をブログに....というところ抵抗があったのですが、F教授の....ということで出してしまいました。
あの工事を手伝った地場の工務店の社長(中学校まで同級生だとか)の案内で行ったのです。中も見せていただきましたが、皆さんの想像通り、風がないのに....と揺れていました。
いろんな写真、公式と思われる写真でも地面からの高い梯子が写っていない写真のように思いますが、梯子があるほうが様になっているように思います。
m-louis さんの感じられた通り、スナフキンというのもありかと思いますが、それって何ともなく不思議なもんであります。
彼の育ったあの場所って日本土着の神々の場所であって、音柱先端のトンボというのが相応しく、西欧的な.....には一番遠いというところでもよさそうな感じがしています。まぁ、宮崎駿も安野光雅も、西欧への、それもメルヘンチックな造形への偏愛を感じるところがありますが、F教授にも同じく感じるところなのです。
彼の専門である建築史では、きっと古来からなんでもありの世界なんであろうと想像しているのですが。
>AKiさん
あのエントリーにはそんな背景があったんですね。
1年前のエントリーでもTBしておいてよかったです。
というか、あのエントリーから1年経って、別のブログ上でこうして明かされるってところが本当にブログならではですね(笑)
ところで私が行ったとき、梯子を探したんですが、周囲には見当たりませんでした。
ただ、代わりに諏訪や茅野の家は建物の横に梯子が横にして取り付けられているのをよく見掛けました。
そんな感じでどこか見えないところに張り付いていたのかもしれません。
http://www.flickr.com/photos/m-louis/20764782/
F教授についてはもう一本、この連作でエントリー入れるつもりでいます。
そこで彼のちょっと特異な自然観みたいなものについて触れられたらと思っています。
「見もの・読みもの日記」というブログを書いてます。以前、ETVの特集を見て、ちょっとした感想を書いたのを見つけて、TBをつけていただき、ありがとうございました。スナフキンかあ〜。私は絶対、ゲゲゲの鬼太郎の家だと思ったんですけど。藤森先生、最近、ちょっと妖怪っぽくなってきた感じがするし。(ほめてます)
by: jchz : July 5, 2005 08:21 AM> jchzさん
コメントありがとうございます。
まあ、実際のところ ETV特集の感想ブログって相当数あるんですが、
その中で「見もの・読みもの日記」のエントリーを関連記事として取り上げさせていただいたのは記事内容が面白かったのと、あとは「ゲゲゲの鬼太郎」に反応してです(笑)
いや、でも、確かに藤森さんご自身が妖怪っぽい風貌になってきたのは言い得て妙ですね!